清水葵(日本駆け込み寺代表理事) ・「27歳が“命つなぐ”駆け込み寺~新宿・歌舞伎町 若者支援の現場から」
新宿歌舞伎町では、数年前から家庭や学校に居場所がない若者たちが集まるようになりました。 そんな若者たちを支えてきた支援団体の代表に27歳の女性が就任しました。 声にならないSOSに向き合う清水葵さんの奮闘の日々を追いました。
歓楽街の新宿の一角に6年前から10代から20代の若者たちが集まるようになりました。 一時的な快楽を求めて、市販薬を大量に摂取するオーバードーズ(過剰摂取(かじょうせっしゅ、overdose、略称:OD))を繰り返したり、ホストクラブにはまって借金に追い詰められたり、深刻な問題が後を絶ちまません。 この場所で若者の悩みに寄り添い、支援活動を続けている女性がいます。 清水葵さん27歳です。 去年4月歌舞伎町で20年以上悩みを抱える人たちの相談活動を続けてきた公益社団法人日本駆け駆け込み寺の代表理事に就任しました。
清水さん以外に80人のボランティアが登録されています。 毎日昼の12時から夜の9時まで事務所を訪ねてくる若者の相談に乗ったり、毎週土曜日には子供食堂を開いたりしてするなど居場所を提供しています。 この日には明日が14歳から20代まで15人ほどが過ごしていました。 声かけを続けることで、若者がいつでも頼ってきてくれるきっかけになればと考えています。 駆け込み寺には毎日20人から多いときには50人ぐらい若者が立ち寄るようになりました。 清水さんが大事にしている事は、毎日明かりを絶やさないことです。(安心できる空間)
愚痴や不満をぶちあけることで、ちょっとでも自分を傷つける選択をしないでいてくれたらいいなと思ってます。 清水さんは今危機に立たされています。 代表に就任した直後、去年5月当時事務局長をしていた40代の男性がコカイン所持の疑いで逮捕、また相談に来ていた20代の女性との不適切な関係も明らかになり、駆け込み寺は社会から信用を失いました。 自分のやるべきことと覚悟は決まったなと思いました。 組織の再生を進めていきました。
トラブルにならないためのチェック機構をいろいろ設けました。 運営資金のほとんどを占めていた行政からの助成金は打ち止めになり、寄付をしていてくれた支援者も離れてしまいました。 今は街頭募金のみです。 歌舞伎町に居場所を求める若者たちの実態は、より深刻さを増していると清水さんは感じています。
2人の男性が深刻そうに相談に来て、内容は歌舞伎町のホテルで20代の女性がリストカットで亡くなり、交際していたこの男性たちの仲間の1人(21歳)が同じ部屋で大量の市販薬を飲み、意識不明で病院に搬送されたということでした。
もう一つ深刻なのは、女性がホストクラブにはまり身を滅ぼしていくケースが後を絶たないと言うことです。 歌舞伎町には300店舗を超えるホストクラブが営業しています。 SNSやマッチングアプリを使った営業が行われ、若い女性も気軽に入店するようになりました。 借金の返済に売春等を強要されるケースがあいついでいます。 24歳のある女性は、ホストクラブに通うきっかけになったのは、親からのDVで家庭内に居場所がなくなったことでした。 18歳で家出してマッチングアプリで交際しました。 その男性がホストだったため、ホストクラブに通うようになりました。 高額な借金を背負うようになりました。 借金の返済に風俗店で働くように勧められました。今年2月に清水さんのところに相談に来ました。誰の父親かもわからない子供を身ごもってしまいました。悩み、最終的にはおろすことになりました。 病院や経済的なサポート、精神的なサポートを続けてきています。 清水さんは、歌舞伎町の若者支援は命と向き合う現場だといいます。
自分自身は特別養子縁組で育ちまして、中学1年生の時に血つながってないことを聞かされて、自己肯定感が一時期下がりました。でも感謝です。愛情込めて育ててくれたという事は自分にとってもありがたい縁を感じます。感謝しています。 グランドピアノはありますが、清水さんが中学1年生の時にの誕生日に送られたものです。
清水さんは大学時代まで京都の実家で暮らせました。 ボランティア活動等をして、卒業後は東京で保育関連の企業に総合職として就職しましたが、現場に出て直接子供たちと関わりたいと思い、就職後2年目に会社を辞めました。 駆け込み寺で働くことに決めました。 父親は反対しましたけれども徐々に報告を聞くことによって応援していこうと気持ちになったといいます。
駆け込み寺で今清水さんが新たに取り組んでいることがあります。 グローバル食堂です。 その日を生きることで精一杯の若者たちの関心を広げ、将来を切り開くきっかけになればと言う清水さんの思いです。 去年10月からスタートさせました。 今後は、茶道教室や着物の着付け教室など様々な体験の場をしていきたいと考えています。子を中絶した24歳の女性が駆け込み寺の活動を手伝ってくれるようになりました。 「少しでも誰かを明るくする手助けをしたい」のだといいます。 相談に来ていた女性の中で、春から美容師の専門学校に通うと言う事でした。(駆け込み寺で、なって欲しい像がまさにそういったことだと思っています。)