2025年5月1日木曜日

吉田裕(一橋大学名誉教授)        ・先の大戦で“日本軍兵士"を苦しめたもの

吉田裕(一橋大学名誉教授)        ・先の大戦で“日本軍兵士"を苦しめたもの

 吉田さんは一橋大学の社会学部や大学院で、37年間に渡り講師や教授を務めました。   アジア太平洋戦争の研究を続け、多くの著作を発表しています。  中でも7年前に出版した「日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実」は新書としては異例の20万部を越え、2019年の新書大賞を受賞しました。 吉田さんが注目しているのは、兵士の暮らしを支える兵站不足と兵士を苦しめた病気の問題です。  第二次大戦では日本軍兵士、軍族およそ230万人を失いましたが、その4割が戦病死、中国戦線ではおよそ6割という推定もあります。  吉田さんは日清戦争から太平洋戦争に至るまでの資料や海外の記録をつきあわせ、この7年の研究成果を「続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実」にまとめ、多くの反響を呼んでいます。 アジア太平洋戦争を研究テーマに選んだ理由、日本の兵士たちの暮らし振りなどについて伺います。

アジア・太平洋戦争のきちんとした総括とか、検証が出来ていないという問題があって、戦争の呼び方から、大東亜戦争、太平洋戦争、アジア・太平洋戦争、第二次世界大戦、と言う形で全く統一がとれていない。  戦争の性格についても、自衛の為の戦争、解放のための戦争、侵略戦争と言う形で、国内的に統一した見解が出来ていない。 

7年前にだした『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』は若い方に読まれているようです。  兵士の心と体という事を重視して書いたつもりです。  それが自分の問題に置き換え易いと言う風に受け止めてもらえたようです。  現在の日本の組織の体質と昔(日本の軍隊)と変わっていないのではないかと、そういう実感を持つ方が可成り多いようです。

大東亜戦争と言う言い方は、アジア解放のためのニュアンスがどうしてもあります。  太平洋戦争は完全に太平洋を挟んでアメリカと日本が戦った戦争(日米戦争に偏る)、研究者の中ではアジア・太平洋戦争と言う言い方を使うのが多い。  兵士の立場から見ないとリアルな実態が見えてこないのではないかと思いました。  軍隊の8割は兵士ですから。

日清戦争では戦争の実態、記録も残っていて戦病死が多い事は知られていました。  日中戦争、アジア・太平洋戦争で非常に多くの戦病死が出たという事が認識される様になったのは、藤原彰さんの「飢え死にした英霊たち」(2001年出版)でようやく知られるようになりました。  

『続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実』は日清戦争からアジア・太平洋戦争までを振り返る。どこの時点で決定的な誤りを犯したのか、その問題意識が 有りました。  日露戦争では戦病死は少なくなったが、日中戦争では多くだすようになった。  100万人近い軍隊を送る一方で、軍備の近代化をやる。  これだけの経済力は日本にはなかった。  ここに大きな矛盾があったように思います。   

日清戦争では戦病死は9割ぐらいです。  日露戦争では軍医の育成、とか軍事医学の面でかなりの改善がなされています。  日露戦争での戦病死は20数%まで減ります。  10年あまりのうちに大きな改革を遂げた。  一番大きな問題は敗戦前後に大量の陸海軍の公文書は焼却されている事です。  市町村レベルの兵事資料(軍事関係の資料)もかなり焼却されている。  衛生史は日清戦争から満州事変ぐらいまでは纏められていた。  日中戦争、太平洋戦争も衛生史がない。  蔵書は中々図書館などには引き取って貰えなくて、私の場合は幸いに韓国の大学に1万冊ほど寄贈しました。(2020年)  改めて資料を購入したりしました。  

国力、経済力で大きく劣る日本が、アメリカ、イギリス、ソ連並みの軍事力を整えようとしたという事が、そもそも大きな問題でした。  軍艦や武器はそろえるが、兵站、衛生、情報とかが全部後回しになる。  犠牲が平等ではないのではないか、という事があります。 一部に軍関係者、軍需会社の関係者などに潤っている人がいる。  戦争末期、犠牲の不平等は良く知られている事です。(アメリカ調査団が日本人の戦意の調査をしている。)  兵士の衣食住が圧迫されるのは当然すが、アメリカでは日常生活を戦場にまで持ち込む。  日本の兵士の衣食住を力を入れて調べました。   明治時代の兵士の体格は、20歳の体格は緩やかに上がって行きますが、日中戦争がはじまる前ぐらいの(日本の兵士の体格が一番よかった時代)とほぼ同じぐらいです。  日中戦争以降崩れてい行く。 

明治期の普段の病気は脚気です。(ビタミン不足)  海軍は非常に多い。(遠隔地に航海するので)  戦死が始まると、コレラとかの伝染病です。   日中戦争以降は、中国南部でマラリアが増える。  太平洋、東南アジアに進出するようになると、猛烈な勢いでマラリアが広がります。  栄養失調は日中戦争末期から増えてきます。  副食物が不十分。  米などを炊飯するのには手間がかかるのでパン食の導入をするが上手くいかない。(パンへの抵抗感もある。)  パンを主食にすると副食物をちゃんとしないといけない。  食料をきちんと供給することが出来なくなってくる。  戦病死が増えてゆく。 

靴も皮の質が悪くなって、数も少なくなってゆく。  歩いてゆく行軍が中心となる。  靴擦れ、豆が問題になる。(軍靴の質が悪い。)  兵士たちが手作りのわらじを作ったりするようになる。 雨合羽は深刻です。  中に沁み込んできて体力を消耗させます。  将校は装備が軽い。  

戦場のリアルな現実、戦闘のリアルな現実、という事に対する想像力を身に付けてゆく、培ってゆく事が重要です。  そのためには過去の戦争の歴史から学ぶことが非常に重要です。  戦争の最後の年が亡くなった人の8割ぐらい占めている。  民間人は最後の半年が非常に多くなっている。  被害と加害はすっぱりと二つにわけて考える事は出来ない。  そこに目を配って欲しい。