谷川俊太郎(詩人) ・【ママ☆深夜便 ことばの贈りもの】(2018/6/1)詩人 工藤直子
お二人は30年余りの親交があります。
工藤:40歳の後半に初めて谷川さんとお会いしました。
今と変わらない気配でした。
20代のころから、今でもそうですが、やきもちを焼くということを知らなくて、女友達から総スカンを食っています。
やきもちをうんと焼いているのに押さえつけているのならば、どこかに障害が出るだろうと思っていましたが、50歳になっても元気でぴんぴんでした。
そうしたら谷川さんが「わからないよ、80歳になったら溜めておいたやきもちが噴出するかもしれない」といわれましたが。
谷川:でも噴出していないんですよ。
動物とか虫とか好きでしょ、だから人間的な特徴がなくて、虫とか魚とか、木とか草とかとおんなじ命なんだ、多分。
鳥とかもやきもちは焼かないし。
工藤:「ふわふわ」というタイトルの本を二人で出しました。
いろんなところで対談したのを纏めて、最近のもあります。
そこにやきもち問題がちょくちょく出てきています。
谷川:嫉妬を知らないなんて、かわいそう、人間失格だと思います。
工藤:今、段々私に似ている若い人が出てきているんだと思います。
男子も女子も一人がいい、別に人間でなくてもいいと、母親は困ってるかもしれない。
谷川:夜は12時ごろ寝て朝6時半ごろ起きていて、崩さないようにしています。
眠れないということはほとんどないです。
工藤:いつ起きていつ寝るかはその時次第です。
広告代理店に勤めていましたが、26歳でやめてそれ以後は糸の切れた凧のようにしています。
相棒がいたり子どもがいたりすると自分勝手ができないがしちゃうんです。
その代わり「ごめんなさい」と本気で謝ります。
「お母さんだって都合があるのよ」とは言わない、言い訳はしないです。
谷川:武士のような、いざとなったら説得する人ですね。
工藤:相棒の時も「だってこうじゃない」みたいなのはないです。
谷川:喧嘩なんかしたことがないの。?
工藤:一切ないです。
谷川:それが不思議でしょう。
工藤:惚れて一緒になったんだもの。
谷川:惚れて一緒になったんだから喧嘩するんでしょう。
そこがよく判らない。
工藤:子供に対しても自分は母親だという気持ちでは接することはできなかった。
身ごもったらお母さんという気持ちになったという人はたくさんいました。
佐野洋子さん(谷川さんの元の奥さん)とは仲が良くて、お互いがほぼ同じ時期に産んで、生まれた瞬間わーっと母性が出てきたと言っていました。
谷川:母親もそうでした。
僕は中絶されるはずの人間だったんですよ。
両親は仲が良すぎて子供はいらないと言っていましたが、祖父が孫が欲しいということでやっと僕は命拾いをしました。
12月生まれなのにあせもを作っているんですよ。
工藤:お腹のなかで動いたということがすごく奇妙な感覚でした。
その詩を書いています。
「逆さに眠る無遠慮な怪物」というタイトルで。
生まれる瞬間を楽しみにしていたら、友達っという感じ、こんな小さい友達、親友ができたと思いました。
なんで母親にならなかったんだろうと思いました。
子どもには丁寧語でしゃべっています。
谷川:僕も似ているところはあります。
初めて抱いた瞬間は強烈に絶対命を懸けても守るぞ、という気持ちが予期しなかったが沸いたんです。
少し大きくなったら(幼児)完全に友達になりました。
教えるとかしつけるとか意識がなかったから親としては失格だったかもしれないが、言葉で言わなくても子どもは行動で見ているから、それでいいんだというような事は思っていました。
悪いことをしたりしたら母親が叱っていました。
工藤:うちは駄々をこねなかった、駄々をこねても何もしてもらえないことがわかっていたから。
ビルの窓から乗り出して落ちようとしたら、それは命の問題だからやるけれど、命にかかわること以外は基本的に見守るという感じですね。
「あんたのためを思って言っているのよ」とは言わないようにしました。
「しつけとおこづかいは発作的にするからね」と言っていました。
つれあいはただの大きなおじさんみたいで、父親的なことは一切しなかった。
谷川:小さいうちから自立しているんですよ。
たまたま絵の才能があったからいいけれど、なにも才能がなかったらけっこ苦労すると思う。
詩「さようなら」 谷川俊太郎作
ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない
工藤:詩のなかの一行二行がものすごく心に沁みる場合が多いが、谷川さんのいっぱいある詩のなかで「さようなら」のなかの「ぼくもういかなきゃなんない」なんです。
「さようなら」というタイトルなのに詩のなかには「さようなら」という言葉が入ってないんです。
一行一行が少年のつぶやきがそっと並べられている感じがして、そこが好きですね。
谷川:夢遊病的、何の計画もなく書き始めたらできたんです。
僕は一人っ子だったので、母親は自分が死ぬよりも愛する者が死ぬのが怖かった人です。
母親に対する気持ちがそこにあるんじゃないかと思います。
工藤:詩というのは作者のものでもあるけれども、文字になって皆の前に現れたら、それを読む読者のものだよと谷川さんは繰り返しおっしゃるんです。
谷川:活字には詩はないんです。
誰かがそれを受け取ってくれて感動があって初めてそこに詩がたちあがる感じです。
工藤:詩の言葉は友達になれると思います。
*「おまじない」 作詞:工藤直子
谷川:気になる言葉は特にないです、嫌いな言葉はあります、いっぱいあります。
政治が変な方向に動いていて、そういう処で使われる言葉は全部嫌いです。
工藤:ふわふわとか、すりすりとか、ほろほろとか好きです。
*「しーん」 作詞:谷川俊太郎