2013年1月3日木曜日

三浦雄一郎(80歳)       ・エベレスト登頂3回目をめざして

三浦雄一郎(80歳) ・エベレスト登頂3回目をめざして
70歳、75歳で2度ネパールルートからエベレストに登頂、今回成功すれば自らの記録70歳以上2度の
記録を塗り替えることになる
現在 最高齢記録はネパール人で76歳でこのきろくにも挑戦します 
三浦さんは4年前骨盤と大たい骨の付け根を骨折する大けがしましたが、
不屈の精神とたゆまぬ肉体の鍛錬で復帰し、去年はヒマラヤに本格的な遠征をして今年の登頂に備えてきました

去年10月に誕生日を迎えて80歳になった  11月14日に3度目の手術をした  
今はガンガン、スキーを滑っている
父は101歳まで滑っていた 日本のスキーヤーの草分け  山岳スキーの元祖になって居る
スキーは言葉では教えないが、父の後を付いていった  
100歳でロッキー山脈で親子4代で滑降した
息子 豪太 モーグルでオリピックに出場した スポーツ生理学、アンチエージングに関する学問を学び、
教授の紹介で大統領の体調を管理するアシスタントの職に付く事を検討していたが、
私が70歳になったときにエベレストに登るので一緒に行かないかと言ったら、
一緒に行くことになる

エベレストは3月27日を予定している   50歳代の後半 から世界の7つの大陸の最高峰を
スキーで滑ってもういいだろうと思った 
50代の後半に この仕事を足を洗おうと思った  大学で渡辺淳一が同期だった  
獣医学部に入った  リタイアして運動をしなくなり、飲む食べる
だけはそのまま続いていて、体重が増えてきて、身長が165cmしかないのに、90kg近くなった
当然身体のあちこちがおかしくなり、糖尿病 血圧200近くに成り、狭心症の発差をしょっちゅうしていた
死ぬかと思うぐらい苦しい 病院に行って検査を受けたら入院治療をすることになる  
飲み過ぎ、食べすぎ、運動不足  その大元は本当に自分でやりたい事、目標、夢を消してしまったから もう一回考え直して、父親がモンブランを滑ると言うので私もエベレストを登ってみようと思った

最初500mの山に登れなかった 不整脈、足がけいれん 脂汗  それで返って面白いんじゃないかと思った  之から5年かけて500m登れなかった 爺さんがエベレストに登れば面白いんじゃないかと思った 
2年間トレーニングして富士山に登れれば と思ってスタートした
70歳で息子と一緒に登った ベースキャンプ5300m で1カ月半トレーニングして(5000,6000,7000mと) 最終アタック 10日間掛って登頂したが体重が10kg減った
良く生きて帰ったと言う感じで、日本に帰ってきたら不整脈がひどくなった 
その時に又75歳でもう一度登ってみたいと思った

2003年 70歳で登頂したが、ヒラリー登山家の生誕50周年だった  その時には曇っていて
、晴れた時に登頂したいと思った
75歳も息子も一緒にきた 40kgの荷物を担いで、7500mを越えてからは肺が破れていて高山病
をしていて、注射をして 運よくベースキャンプに戻れた
戻れて生還できた両足に5kgずつ付けている 20kgの荷物を背負って歩いている 
1932年生れ 1964年イタリア での直滑降のスピード世界記録 172.084km/h (32歳)  
富士山直滑降 パラシュートを使った 世界中のニュースに成った
パラグライダーのルーツに成った   エベレスト 8000m地点からのスキー滑降する 
石原プロが総力で撮影してくれた    アカデミー賞オスカー賞を取る
世界7大陸の最高峰からのスキー滑降 終了したのが56歳だった
(一定の足跡を残したと判断してリタイアした これがメタボの原因となった)

足腰を徐々に鍛えて行った  体力を維持するための秘訣は なんか目標をもつこと  
山でなくてもいい なんか目標をもつことが大事
運動を始めたら 狭心症、高血圧、膝の痛み 等が全部無くなった   
治せないところは心臓とかはあるが 不整脈は手術をした
肺活量は現役のころは3000ccちょっと位しかなかった 選手は4000cc位の人が多かったが
(うらやましかった)
少ない肺活量でも効率よく回せばいいのでは     息子は白沢教授のもとで勉強して 
アンチエージング分野で医学博士に成ることが出来た
8000m級の登山家と 何もしていない人との比較  ヘムオキシゲナーゼという強烈な酸化酵素 が山から帰って1カ月 3か月 半年 1年経っても、普通の人の6~10倍でている
生き延びるために酸化能力、成長ホルモン(若がえりのホルモン)をどんどん出さないと生きていけない   そうでないとあっという間に老化してしまう 
 
活性酸素を除去するための酵素が必要  幾つに成っても必要
90歳過ぎて父は3回も骨折している  普通骨折してしまうと辞めてしまうが、
それを直してスキーを続けてきた
高齢で骨折するとなかなか治らないのが普通であるが   ジャンプで失敗して大たい骨、
骨盤、恥骨含めて4か所骨折してぐじゃぐじゃに成る
再起不能かと思われたが、スキートレーニングをやっていたおかげで 骨密度 20代プラス10% 
筋肉も強く出来ていたので筋肉が折れた処をもどすようにしていた 

手術なしで大たい骨、骨盤もくっ付いてくれて、普通通り歩けるようになった  
2月に怪我をして5月にはゴルフをやったりした
食事は元々 父は玄米食で小魚、全部食べる  肉を食べていけないとか 
いわれるが父はステーキを食べたり寿司を食べたりしていた
チーズとかも平気で食べて元気だった  私も月に一回 肉を500g位食べる
朝ごはん ヨーグルト お茶粉砕機で粉砕して ヨーグルト300gにお茶をおおさじ一杯入れて、
ココアの粉をおおさじ一杯蜂蜜入れて  後山芋、生卵一個
ブドウで造ってます   納豆、キムチだったりする   炭水化物は取らない
(山芋に含まれているので)  血糖値も正常に近い状態になった  
スケジュール、ルートは決まっているので それに従って行う