2012年12月13日木曜日

倉本聡(脚本家77歳)      ・震災後に思う

倉本聡(脚本家77歳)  震災後に思う
TVドラマ、北の国からとして知られる 脚本家 フリーの脚本家として来年で50年になる 
 震災後何度も被災地を訪れて 「明日かなしべつ」を完成させました
 
大震災時には富良野にいた TV点けたら驚いた もろいですよね 都会は  
津波の恐ろしさは映像を見て声が出無かった
 「明日かなしべつ」 昨年6月に富良野で開催 その後東北に15回ぐらい無料で見て貰う
最初の炭鉱の閉山 は石炭から石油に切り替わったあたり 今回は原子力が出てきた 
炭鉱の閉山時期と原子力の立地がきまった頃とシンクロしている
炭鉱で働いていた人が原発に大分流れている   人間が段々代替えエネルギーに頼っている  
便利だと言っているが本来人間が頼りにするのは
自分の中に有るエネルギーではないかと思い、ズーッと書いています

人間は20万年前にホモサピエンスとして 段々脳が肥大化して、いろんなことを発明するが、
サボると言う事するようになる  リモコン操作等 サボりたがる
最初は家畜 化石燃料 石油 原子力まで来てしまった 
便利と我々は言っているんだろうけれど 身体を使わないから 筋肉が落ちてくる
高い金を払ってジムに行って なんの生産性もない重いものを上げたり下げたりとか、
どこにも行きつかない自転車に乗って漕いだり おかしな行動に出る
便利と言う以前に自分の中に有るエネルギーを大事にすべきだと言うのが私のスタンスですね
富良野に住んで自分で出来るだけやろうと思っていたが、出来ないことも有る 

巨大な石を動かすこと  若者に聞いたら スコップを使って石の周りを掘って露出させ
てこで動かせば 1日3cm位は動かせるのではないかと言われた  
10日であったら1m位は動かせる この事には感動してひれ伏した
誰に頼めばいいかと依頼する 都会では依頼して金を払って解決しようとしている
石油は2兆バレル 8000億バレル使ってしまったので 1.2兆バレル 富士山の容積にすると 
1/7位、大したことない 40年しか持たない
代替えエネルギーも先が見えている  太陽が作った化石燃料に頼っている以上はそんな頼りない
状態 だから原子量に行っちゃったんでしょうね
東海村 事故の時に街の広報で自宅にいてくれといっていたが、どうしてか判らなかったと言っていた(説明されてなかった)

これだけ大事故に成ってしまって説明せざるを得ない状況に成ってしまった  
マイクロシーベルト(μSv) 現代文明社会はどうなのか判らない  
自動車を運転しているが如何して動くのは判らない  
そんな文明社会で我我は生きている
 けなしべつ  かなうしべつ  アイヌ語 べつ=川の意味  暴れる川の事を「べつ」 
暴れない川を「ない」という
「かなしべつ」という架空の街を作った  故郷の問題 エネルギーの問題  炭鉱は国策 
国から借りた土地に炭鉱住宅を立てて そこで生活していた
美空ひばりがきても大相撲が来てもただで見させてくれた 
閉山に成って 炭鉱住宅から追いだして、しばらくは炭鉱の廃坑が並んでいた
15~20年前は火を付けて火事のように一面火で覆われていた  

更地にして返さなければいけないので 
いきなり故郷を喪失してしまった しかし御墓はある 墓だけは残っている
福島にいって立ち入り禁止区域にも入ったが、津波にはやられていないので家だけはずーっと
並んである
でもそこには入れない 入れない人は一体どういう思いなんだろうと凄く重くのしかかったですね
0.35マイクロシーベルトに設定していたが 山の峠道は10.88マイクロシーベルトで鳴りっぱなしだった 
村に入ると 家はしっかりして残っている     
柿の実がたわわに残っていた
浪江町の住職と手紙のやり取りをしているが、いろいろと住所が変わるが、手紙の内容でいつも
書かれているのが あだたら山の描写なんです
 
あの山をぐるっと回って避難して住んでいる 高村光太郎 「智恵子抄」に出てくる空が描かれて
いるが あだたら山にある空が本当の空だと描かれているが、本当の空が無くなちゃった訳でしょう  
そういう風に転々としている人達のことを思うと、かつての炭鉱を追いだされた人達もそうだし、中央の豊かさを請け負わされた人間が役済になると追いだされる  
初めて福島に行った時に気になったのは高圧線の電線 銀色に光っていて目に付いた

沖縄の街を歩くとフェンスの街 フェンスの銀色の線に見えたが それを想い起こした
震災後 講演を頼まれていった時に 手を上げて貰う事にしている  岐路に有る 
原発のリスクを覚悟出来るか  それは嫌だから生活を少し落とす(生活が不便小国になるが )
800人(一般400人 高校生400人)の処でやったが  一般の人は90%が昔に戻るに賛成  
高校生は70%は戻れないからリスクを覚悟するに手を上げた
経験した人にはどうってことはなかった 一度甘いものを知った人はそれが忘れなくなる
日本は戦後 高度成長したが 日本というスーパーカーを作ったが 二つを付けることを忘れた 
ブレーキとバックギア 止まることも、もどることもしなくなった
突き進むのみ ここをどうやって若い連中に伝えてゆくには本当に難しい問題だと思う  
1972年に戻ったとしたら 今の消費量の2/5で済む  
それは今の世界の電気使用量の平均値 

日本は突出している  出来ないことではないのだが一度知った甘い汁は中々戻れない
原発の放射能が襲ってくる怖さは遥かかなたに置いといて携帯とか、スマホとか、パソコン 年中使ってないと気が済まないと言う風に慣れちゃった
若者達がこんなに増えてしまって さあ将来どうするんでしょうね
日本は教育制度からおかしいと思う  
知識 今の教育制度は 偏差値も知識 知識を吸収すると言うのが若者達の常識に成っている
知識を一杯知っている人間がいい学校に入れていい就職が出来て出世が出来る 
こういう構造になっている   頭のいいと言うのが知識からきている

ものを沢山知っている ものを知っている人間ばかり育ててしまった  
知識を知っている人間を育てる事と、知恵がある人間を育てる事と、どっちが大事かというと
絶対に知恵のある人間を育てることが大事だと思う  
戦後の教育が間違ってしまったと感じる
自然塾 2世代キャンプ 3世代キャンプ やっているが 今夜の宿を自分達で作ってくださいという 
森の中にあるもので 生木を使わないで落ちているものを使ってやって下さいと
最初なにもできないが、アイヌの有る方法をヒントに与えると午後子供達が我然頑張る 
3世代になると 御祖父さん御婆さんが頑張る 
今親が子供を育てているが、これは間違いだと思った  
御爺さん、御婆さんに子供を育てていた(昔)
親が働いている時に保育所に預けている  金を掛けて保育所に預ける  
御爺さん、御婆さんが亡くなると死に目に会えない

家庭の構造が間違ってきていると思う  病院の中で死ぬと言うのは孤独死ですよね   
楽に死なしてほしい  そのことが何よりだと言う気がしますね
周りの人の思いは当人の思いに比べれば軽い 
死は当人のものですら、周りの人が如何思うが人工呼吸で生きているのは残酷だと思う
お客の心をどこまで洗えたのかが私達の仕事ですから  心の洗濯屋なんですよ私達は
1960年代 金の卵 で東京に人々が集中した  
その人達が子供を産んで その子供達には故郷が無いのでは