入交昭一郎(エンジニア) ・日本を動かす!~F1から水素エネルギーへ~
日本のF1エンジンの開発を手掛けた元ホンダの副社長、今は水素エネルギーの日本での実用化を目指す入交昭一郎さんです。 入交昭一郎さんは神戸の生まれで現在86歳。 東京大学工学部を卒業した後、自動車メーカーホンダに入社、世界最高峰の自動車レースF1で12気筒の強力エンジンを開発、又排気ガス規制の厳しい中で、規制をクリアーする独自の燃焼システムを開発するなど、日本の自動車エンジンの開発の先頭に立ってきました。 又退職後はゲームメーカーの社長を歴任し、今はカーボンゼロの社会を目指して、水素エネルギーの日本での定着を図ろうと水素エネルギー研究会の最高顧問として活躍しています。 又世界的半導体メーカーNVIDIAのジェンスン・フアン社長の窮地を救った事でも注目されています。 エンジンの開発から水素エネルギーへとあくなき挑戦を続ける入交さんに伺いました。
どこへ行くにも車で運転していきます。 年間3万kmぐらい走っています。 トランプさんがあんなのはでっち上げだという事になって、カーボンニュートラルに向けての動きが、中国を除いて世界中がストップしてしまいました。 本来今年あたりは水素エネルギーを社会実装していかなければいけない年ですが、止まってしまいました。 一番大きいのはそこにお金を出さない事ですね。 日本は水素エネルギー開発が遅れていたので、キャッチアップするチャンスだとは思います。 怖いのは中国だけはものすごい勢いでやっています。 相当どころではなく2周ぐらい先を行っています。 水素は基本的に自然エネルギーで発電した電気で水を電気分解して作るわけです。 発電する方が中国が今、太陽光発電にしろ、風力発電にしろ全世界のシェアーの6割ぐらいは中国製です。 次に電気分解する大型の電解槽が必要で、大型はほとんど中国製です。 社会実装と言う意味では中国はずっと先を走っています。
カーボンニュートラルを実現するためには、電気だけではいかない、内燃機関はずっと必要なわけです。 化石燃料は使えば必ず炭酸ガスを出します。 内燃機関を使う航空機、船、オートバイ、トラック等があり、使っても炭酸ガスが増えない燃料が必要なわけです。 水素を大量に作らなければいけない。 日本で使っているガソリンの10%を水素に置き換えようとすると、1時間でプール一杯の水を電気分解して水素を発生する、そのぐらいの量が必要です。 年間500万トンぐらいが必要で、何兆円と言う投資が必要です。 水素を作るのには基本は電気なので、太陽光発電、風力発電にしろ自然エネルギー発電でやると、1KW/h当たり、かなり先を見通しても10円を切れないんです。 水素をベースにした燃料は1リッター当たり700円ぐらいになってしまう。
サウジアラビア、チリなどでは1KW/h当たり今現実に3円で売っています。 3円で出来るとその値段はいっぺんに1/3ぐらいになります。 海外で自然エネルギー発電した電力が安いところへ行って、作らざるをざるを得ない。 そうなると1企業のレベルでは出来ない。 広大な土地も必要。 将来的にも友好関係が保てる国で、大プロジェクトを展開しないといけない。 国が間に入らないのなかなか進まない。 しかし今はそういう風潮にはない。 カーボンニュートラルにしようと言う国民の意識もない。 啓蒙活動を3年前からやってます。 欧米では水素を作ってそれをビジネスにしようと本気で考えている会社がいくつか存在しますが、日本では1社もないです。
カーボンニュートイラルの原料は空気と水だけです。 電気は風力と太陽光さえあればいい。 ですから日本のなかで出来るんです。 海外から燃料が入ってこなくても何とかなる。 日本は年間25兆円ぐらい原油を輸入している。 車を作って売っている額にほぼ相当する。 経済安全保障の観点から見ても、絶対日本は自分のところで作れる燃料を持つべきです。
私は大学で卒業設計にF1の12気筒エンジンの設計をしたんです。 飛行機をやりたかったが、今の日本では作れないと言われて、次に面白いのはレースエンジンかなと思いました。 判らないことはホンダの研究所に行って、入り浸っていました。 入社試験もせずにいつの間にかホンダに入っていました。 配属先がエンジン設計で毎日が楽しくて、そして給料ももらえます。 レースエンジン50ccが当時は2ストロークエンジンでしたが、4ストロークにして勝ちました。 次に125ccの5気筒エンジンを作りました。 250ccで6気筒にしてチャンピオンマシーンなりました。 F1で1966年に1,5リッターから3リッターに変りました。
知ってはいたが誰も3リッターのエンジンをやっていなかった。 250ccで6気筒のエンジンを終わったばかりだったのでお前がやれという事になりました。 当時F2と言うのがあって、1000ccで4気筒なので、これを3つ並べれば良いなあと思いました。 いろいろ工夫をしながら、やりました。 1966年9月からはじめて、1年間しかないんです。 図面を書いて,試作をして、テストをして翌年のモンツ?へ持ってったんです。 徹夜、残業などは当たり前でした。 レイアウトに1ケ月ちょっと、設計図を書くのに1ケ月ちょっと、部品作るのに1ケ月ちょっと、組み立ててテストするのが3ケ月ぐらいでした。 1年でのプロジェクトで、今なら3年ぐらいかかると思います。
仕事は楽しまないといいものは出来ないと思っていて、世の中の情報をどれだけ自分の財産にするか、だと思います。 専門のところだけ勉強しても駄目で、いろんなことが世界中で起きていて、そう言ったものを頭のなかにいれて置くと、突然ある日何かやる時に、これとこれはつながるなという事になるわけです。 新聞、雑誌とか見出しだけでもいいから隅々まで目を通すとか。 経営者クラスの人を呼んで勉強会をしますが、最近はテーマによって専門的な人が来ます。(細分化され過ぎている。) 今の世の中はいろんなものが混ざり合うわけです。 出来るだけ一人の人がいろんなことを勉強できるようなシステムに変えて行かないと危ないなあと思います。 AIだけやっていると偏ってしまう。 深く知らなくてもいいから、自分の中で消化しておかなくてはいけない。
妻と一時期老人ホームに入って、ネットは見ていたが、新聞などは読んでいなかったが、妻を亡くして家に帰って来て、新聞を又読み始めたら、物凄く1年半の間に欠落していたことに気が付きました。 ネットでは自分の興味のある所しか見ない。 若い人には新聞を取りなさいと言っています、そうしないと自分の好きな情報しか入ってこない。
NVIDIAのジェンスン・フアン社長の窮地を救ったという事があります。 彼の人柄、彼は絶対嘘をつかない、非常に率直、彼の能力、情熱、彼の持っている望みですね。 彼が32,3歳の時には自分はビル・ゲイツを越えると言ったんです。 当時(30年前)、彼(ビル・ゲイツ)は王様でした。 セガのグラフィックチップの開発に失敗して、辞めると言った時に、何とかもう一回立ち直るには500万ドル必要だと言うので、その額を投資することにしました。 生まれもった性格と言うのは一生懸命努力しても買われないものがあるんです。 どれを抑えてどれを勉強して伸ばすかという事は、後天的なもので出来るわけです。 後その人が持っているエネルギーがあるんです。 エネルギーのある人は、何をやっても夢中になってやってへこたれない。 ジェンスン・フアン社長はこの3つを持ち合わせているので無茶苦茶好きになったわけです。
彼から昨年末にメッセージが来ました。 ジャストビジネス、ビジネスはビジネスだと言っているのは大きな間違いだ。 ビジネスと言うのは、それをやる人の心であり、思いやりであり、寛容であり、その人の精神である、それがベースでなければいけない。 ジャストビジネス、ビジネスはビジネスだと言う様な事は言うな、と言っています。 そのことは私と仕事をしている間に教わったと言っているんです。 私はそれでやって来ました。 日本の社会そのもの、ビジネスそのものは、最初に数値目標だとか掲げてとにかくやれと、そういう事でスタートしてしまう。人間だから間違いも起こすが、そうするとメタメタ叩く。 寛容さだとか、今は無くなってきている。 私が言ってもなかなか受け入れてくれないかもしれないけど、世界で一番成功しているジェンスン・フアン社長が言えば成功するのではないかと思って、日本中のビジネスをやっている人たちに聞いてもらいたいと思います。 私はそのスタイルでやって来ましたから、日本人の良さはそこにあると思うんです。 人を思いやる心、少々の間違いは人間だから勘弁してあげようよと言う寛容さ、それは日本人の特徴だと思います。
残った時間お前は何をやりたいんだと自分に聞いてみると、「人に喜んでもらいたい。」その答えしかかえってこない。 常に夢を持っていないと生きてゆけない人間だと思っているんです。 夢が時々切れちゃう時があると、自分は死んじゃうなと思うんです。 本当に何をしたいのかと思うと世の中探さなければいけない。 だから情報源を広げろと言っているのはそれなんです。 広げない限り見つからない。 今の夢はカーボンニュートラル燃料で、これを何とかしたい。