中田達也(神戸大学大学院国際海事研究センター准教授)・神話の海に沈んだ村を探す(累計投稿数:5000)
兵庫県淡路島の南端、南淡路市灘地区の沖に沼島がありますが、このすぐ西側にかつて半島が延び、白石村と言う村があったと伝えられています。 この白石村は、室町時代による大地震の津波のため半島ごと水没をしたとされていますが、本格的な調査はこれまで行われた事はありません。 海底の鉱物を調査する中で、水中の文化遺産と出会ってきた中田さんが、水中ドローンなどを使って独自に調査を始めました。 調査の大きなポイントは神話。
天より使わされたイザナギ、イザナミが天の沼矛(ぬぼこ)で、大海原を掻き回すと、その矛から滴り落ちる雫が、おのずと凝り固まって島となり、日本最初の国土オノゴロ島(『古事記』では淤能碁呂島(おのごろじま)、『日本書紀』では磤馭慮島(おのころじま))が生まれ、この島に降り立ったイザナギ、イザナミが次に淡路島を作り、さらに日本の大八島を作ったとされています。 いわゆる国生み神話です。 オノゴロ島は沼島であると言う説があり、中田さんは沼島のすぐ近くにあったとされる白石村は、神話の世界と実際の歴史をつなぐ存在になるのではないかと考えています。 白石村の存在を明らかにすることの意義、また水中文化遺産の調査と保全の実際についてお話を伺いました。
私は白石村はあったと思っています。 1498年に明応の南海地震がありました。 その地震によって生じた津波によって水没したと言う明確な記録が残っています。沈んだのは2年後と記録に残ってます。 古地図に破線と言う形で実際に描かれ、そして郷土史等にも書かれています。 考古学による物証が必要であるかと思います。
私はもともとは海底鉱物資源の国際的規制と言う研究をしていた研究者です。 海においても海底採掘をしていけば、沈没船や遺物も見つかるとなっていくだろうと言うことで、海底鉱物資源の採掘について研究を深めようと言うことで、沈没船やその積み荷にたどり着いたということです。
兵庫県チームの1人の高校生、滝口翔太郎君が「幻の白石村」と言う発表をしました。 それがきっかけとなりました。 地元では漁業者の言い伝え、あるいはもう廃校になってしまいましたが、義務教育の学校がありまして、学芸会等でオノゴロ島と言う台本が書かれて、それを毎年のように演じると言う伝え方をしていました。
「白石村」を二つの言葉「白石」と「村」に分けたいと思います。 「白石」は弓弦羽神社に行って宮司に話を聞いたところ、今も弓弦羽神社には小さな壁でかこまれたところに白い石がいっぱい敷き詰められていて、ここは聖なる場所だと言われました。 この石は白石村があった場所から拾い上げられた非常に貴重で、かつ聖なる石だと言われました。 オノゴロ島ということで日本の生まれた場所だと言うことでした。 国生み神話の元になった島。 三重県にある生田神社にも、イザナミ、イザナギをご神体とするその神社の中にも、同じような白い石が飾られています。
白石は地層にあると言うわけではなくて、たくさんのものを持ってきて、そこに置いていたものをその残滓と言うように説明していました。 弓弦羽神社はかつては道なき道で、どれだけ運ぶのは大変だことだったかと思われます。 「村」であると言う事は共同体であるはずです。 津波によって沈んだとしても、生活痕や茶碗の1部でも見つかってくれれば、複数の家族がいたであろう1つの類推のきっかけにもなります。
水中ドローンでの調査を行いました。 石畳と言うようなものとか、明確な人工的な凹凸と思われる場所がありました。 それ以外は見つかりませんでした。 もし台所の茶碗とか生活痕のものが見つかれば色々と広がっていくものと思います。 調査は水中考古学と言う分野に属しますが、陸と違ってものすごく費用がかかります。 確実にそこにあるかがわからないと国からの費用は出ません。 元寇で4500隻の船が来たと言われていますが、最初に文化財保護の適用が法的に認められるまでに5,6年、船が一隻見つかるまでに30年かかっています。 35年かけてようやく国の史跡になりました。 白石村も相当するものがあると思います。 学術的調査の段階に来ているなと思います。
もし白石村が実際にあったと確認された場合には、他の遺跡と1番異なるところはオノゴロ島の近くであると言うことに他なりません。 神話の元祖となり、天変地異、災害との関わりもある。 オノゴロ島の近くという意味も含めて、白石村の調査は、日本の今後の水中遺跡の発展のためにも、不可避の事業だと思ってます。
単に考古学にとどまらず、そこに残されたものから、防災への未来への新たな知見を得られる可能性があります。 それと同時に、オノゴロ島の1段階上に移行するための論拠作りと、我々のアイデンティティーを見つめ直す意味で、この白石村は着目するに値するということだと思います。 私は別途、国際協同研究と言う科学研究の代表もやってまして、イギリス、アメリカ、フィリピン、タイ、東チモール、ベトナムの6カ国の代表者をしています。 その人たちを案内するのにどこが1番喜ぶかと考えて、予備知識の勉強した後、オノゴロ島へ連れて行きました。 大変喜んでくれました。