浅島誠(帝京大学先端総合研究機構 機構長/生物学者)・〔私の人生手帖〕
今からちょうど100年前、ドイツのノーベル賞学者ハンス・シュペーマンが受精卵を多様な臓器に導く物質の存在を予言し、世界中がその発見に躍起になりました。 その予言から60年あまり、1989年にその物質、タンパク質の一種アクチビンを発見したのが浅島誠さんでした。 横浜市立大学の教授で当時44歳、大変厳しい環境の中で研究に打ち込み続けたのです。 これによって一つの細胞から筋肉や気管が作りだされる仕組みが解明されることとなり、現在の再生医療の基盤の一つとなりました。 浅嶋さんは現在79歳、幼いころの自然豊かな新潟県佐渡市での経験が世界的な業績につながったと話しています。 地球環境が危うい今こそ、他の生物や自然ともっと共存することが必要だと訴えています。
小さいころは佐渡の自然の中でゆっくり過ごしました。 小学校4年生の時には一坪ほどの畑を与えられて、いろんな野菜などを植えて育てました。 昆虫採集も好きでした。 中学の頃、佐渡では野生のトキが段々絶滅してきました。 野生のトキを観た時に、その姿が本当に美しかったです。 どうしたらトキを残せるのか、考えていました。
発生生物学は、卵からどういう風にして親になるかという仕組みを知るのが発生生物学です。 我々の身体も元々は一個の受精卵からです。 たまたま「発生生理学への道」という本に出合いました。 動物の形作りがどうしてできるかという事を書いた本で衝撃を受けました。 シュペーマンの前は、卵、精子などは元々形は決まっていると信じていました。 シュペーマンは実験をして、動物の形というものは発生の途中から段々と出来てくるんだと述べました。 誘導連鎖で形が出来てくるという事を示しました。(1924年) 誘導連鎖を起こす物質を見つけてみたいと世界中で起こります。 40年経っても見つからないのでそういう物質はないのではないか、捉えようのない物質ではないかと考えて、誘導物質の研究は諦められていました。 やろうと思って先生に言いましたが、一生を棒に振るだろうからやめた方がいいと言われて、大学院ではウニの発生過程の研究をしました。
誘導連鎖を起こす物質の研究は唯一ドイツでやっていました。 手紙で誘導物質の研究をしたいので雇ってほしいと出しました。 ドイツに行って研究を始めました。 毎日鶏胚1kgを1か月かけて数μg(1μg=1/100万g)しか取れない。 それを先生のところでは40年間やってきました。 厳しい道のりでした。 誘導する能力があることを自分で確認したかった。 筋肉とか脊索を作ることを確信し、研究を続けていこうと思いました。 横浜市立大学に務めることになりました。 誘導物質の研究者は一人だし、設備も何にもありませんでした。 イモリを飼うものから冷蔵庫など全部一人で調達しました。 実験器具もほとんど手作りでした。 年間で使える予算は30万円でした。
試行錯誤を続けました。 哺乳動物の培養細胞のなかに、非常に誘導する能力のあるものの生成が可能になりました。 ようやく納得のいく単一の物質をみつけられと思いましたが、最後の最後の段階で誘導能力のあった物質が、突然誘導能力がなくなってしまいました。 もしかしたらガラスの壁面についてしまったのではないかと考えました。 アクチビンという物質に最終的には至るわけですが、その性質は全然判りませんでした。 ガラスにくっつかない新しい方法を考えて、アクチビンというたんぱく質を生成することが出来ました。 嬉しかったです。 多くの人が再現性を試みますが、再現性が無いんです。 自分で繰り返しやりましたが、再現性を確認しました。 1989年オランダでの国際会議の席で発表しました。(44歳 開始から16年) 会場はどよめきました。 それまで周りはネガティブな雰囲気でした。 家族からは温かい目で見て貰えました。
カエルの卵から一斉にオタマジャクシになって蛙になってゆく姿を見た子供の頃の不思議さが原動力になったと思います。 感動と好奇心と探求心だと思います。 それとチャレンジ精神です。 これが無いと研究が続けられません。 ES細胞、iPS細胞などでも、肝臓、腎臓、心臓などを作る時には、世界中でアクチビンを使うわけです。 再生医療の基盤の一つを作ったのかなと思います。 今年100年になるので、ドイツで9月に研究者が一堂に集まって、おおきなシンポジュムをやります。 記念講演をやることになっています。
その後東京大学の副学長をして、現在は帝京大学の先端総合研究機構の機構長をしています。 例えば今までは医学で言うと、医師だけが関係していましたが、少子高齢化を迎えた社会では、医療、薬学だけではなくて、経済、法律、AI、ロボットとかいろいろな分野の人たちが一緒になって、新しい地域医療、高齢者社会を作って行こうとしています。 生成AIが出てきて、簡単に答えてくれるが、最初から使うと自分で考えて自分で判断する能力がなくなると思います。 重要なのはお互いを信頼し合うコミュニケーションだと思います。 いろんなことに好奇心を持ったり、五感で感じることの喜びをもっと経験してほしい。
学生とイモリを取りに行きますが、ある冬に雪を被った小川のところに500匹ぐらいがボールのように固まって、お互いに入れ替わり動いているんです。 学生たちはイモリは冬眠してじっとしていると思うんです。 皆が驚きの声を上げました。 秋に行った時にはイモリの身体にがんが出来ていました。 しかし春になって取りに行くと、がんが消えているんです。 イモリは冬の間に冬眠している間に体温を下げてがんを直していると思うんです。 秋にがんを患たイモリを採取して、低温室に入れますとがんが消えて行きます。 低温療法をイモリは自然のなかでやっているんですね。 イモリは3億年の歴史があり、イモリを研究することでいろいろなことが判ってきます。 地球上には800万種の生物がいますが、それぞれの歴史があります。 その歴史を知ることが、これからの人にも非常に大切だと思っています。 他の生物とどうやって共存するかという事がこれから非常に重要なことになると思います。 「自然を知り、生き物に学び、人を知り、人を愛す。」