2026年2月6日金曜日

岩室純子(DJ)              ・「91歳 DJスミロックの挑戦」

岩室純子(DJ)              ・「91歳 DJスミロックの挑戦」

岩室さんは1935年東京都生まれ。(91歳)  5年前に脳出血を乗り越えて、今なお現役で活躍しています。 DJはラジオなどで音楽を選曲操作する人のことを指しますが、岩室さんは若者が集う音楽イベントで、クラブDJとして活躍しています。  2つの曲を同時に聞き分けて、曲の切れ目がわからないよう専用の機器を使って、早さやリズムを調整して音楽を繋げるスペシャリストです。 DJとしての活動名は「スミロック」、本名純子さんのスミと岩室の岩(ロック)をかけて「スミロック」と名付けています。 77歳から始めたDJ活動の経緯とはどんなことだったのでしょうか。 国際豊かな友人関係、大病を乗り越えた現在の夢などを伺いました。 

食事などで一番若い友達は私の年齢の1/4ぐらいです。 ファンの方です。 最初はイベントの手伝いをしていました。  手伝いもなくなり、イベントを観るようになり、新しい音楽を聴く様になりました。  或る日居候だったアドリアンさん(フランス人 21歳)からDJをやってみないかと誘われました。(60何歳)  フランス人の人とは英語でやり取りしています。  DJの学校に入ることになりました。(77歳)  同時に2曲を聞き分けて、違和感なくつなげることはハードルが高そうですが、 いろいろ簡単になってきているのがあります。  自宅に機械があります。  

DJの面白さは私がかけた曲で踊って頂けることです。  戦争中に蓄音機に座布団をかけて音が漏れないようにしてジャズを聴いて居たりしました。(父と二人で)  父はジャズドラマーでした。  戦争が終わってプロダクションをやっていました。  子供のころはおとなしくていう事を聞くいい子でした。 弟が2人いるので面倒を見ました。  父が1954年に高田馬場で飲食店を始めたことで、働くことになりました。  英語を習ったり他にもいろいろ習ったりして好奇心はありました。  外国の友達もできました。  飲食店の方を66年6か月やりました  DJは終わってからやって来ました。  DJの出番も2時とか、2時半とかで、ラジオ深夜便では店でうろうろしています。  

結婚はしたくなかったが、付き合っている人と後に結婚することになりました。 子供がいなかったので自由に出来ました。 ノリのいい踊りたくなるような曲を主に選曲します。 2021年に病気になって1か月半入院しました。 脳溢血が見つかってすぐ入院して治療して(点滴)、写真では大きな血の塊もありましたが、手足も大丈夫だし脳の働きも弱っていないので、1か月半リハビリして退院出来ました。 (買い物に行って小銭を掴むのにちょっとおかしいので、病院に行きました。)

いくら考えてもなる様にしかならない。  DJの復帰をしました。  病気後、週に2回程度ジャズ喫茶で音楽を聴くのが、私の脳味噌を綺麗にしてくれて良かったです。  オファーが有ったらそつなくやりたいです。