工藤夕貴(女優42歳) 女優も農業も楽しむ
工藤 夕貴(くどう ゆうき、1971年1月17日 - )は、日本の歌手、女優
父は井沢八郎 12歳の時にアイドルとしてデビュー 歌手として女優として活躍
英語を勉強して18歳の時にハリウッド映画ミステリートレインに出演
その後「ヒマラヤスギに降る雪」等に出演 話題となる
今月19日に上演される「カラカラ」が第36回モントリオール世界映画賞で世界に開かれた視点賞
観客賞を受賞 ハリウッド映画に出演した経験等もエッセーも 発表される予定です
現在静岡県富士宮市に住んでいて 農業をしながらカフェを出店している
2010年再婚する 夫は元刑事だった人 柔道をやっていて学生の時に空手をやり始めた
ダイエット 食べ合わせで 夫が13kg痩せる
「カラカラ」は舞台が沖縄 沖縄ムード全開 人間がシンプルに生きる美しさ
世界に開かれた視点賞は カラカラの為に出来た特別賞
外国の方だからこそ描けた日本の中の文化、景色、人間とかを上手に描けた
監督は現在も沖縄に住んでいる
フランスの詩的なコメディーだと思っている 主人公が一生懸命に生きれば生きるほど ちょっと笑えて来ると言うか、不器用さが面白かったと言うか
そこはかとない笑いを誘う ちょっとしたおしゃれなコメディーだと思う
余分なものが一切ない DVの問題を抱える人 自分を殺して行ってしまう
自分として生きる楽しさ 人間としてお互いの違いをそのまま素直に受け入れることで凄く良い関係性が生れて来ると言うことは凄く極上の友情に値すると言うか そんな感覚を持っていて 二人ともお互いに、ピエールさんも永いこと結婚してたんだけれど 自分でないものを奥さんの 為に演じて ずっときたけれども 結局そういう自分も滑稽だと思い、子供にも見放され、
仕事もリタイア 奥さんにも居なくなられて仕舞い、 親友も無くして 生きるのも怖い、
死ぬのも怖い そういう状態で沖縄に旅をしてきて、そういう出会いみたいなものから人ってそれがきっかけに成ってあらゆる方向が変わってゆくと言うか 私の再婚そうだと思うし、
再婚する気持ちなど無かったのに、ある出会いから 自分の人生が違う色をもつというか
そういう事って誰にでも起こりうることで カラカラと言うのはウエット、ユーモアを持ち合わせて大人の人が見て面白い映画だと思います
人生が疲れたなと思ってきた時に あーなにか別に捨てたものではないかもしれないなあ
自分にもそういう一つのきっかけが有れば 何かの形で自分の人生が又輝きを取り戻す事だって実際有るんだと言う気持ちにさせてくれることが大好き
ハリウッド映画にも出る 外国で自分のやりたい役を自分で攻撃してとって来ることに凄く憧れたと言うか 恋愛とかもそうだと思うが その人と心が通い合うまでが一番ドキドキして来る時だと
思うし 仕事とかもそうだと思うんですが、攻撃している時が人間一番楽しい時だと思うんですが、 日本で仕事をしている中で守りに入っちゃうと言うか そんなことを子供時代に感じたことが
有って どんなにやりたい役が有っても取ることが出来ない
待つことしかできない といういらだたしい気持ちが ある監督から言われた
外国というのは主演女優賞を貰った人でもオーディション行かないと 役がとれない
外国をめざした方が良いと その言葉が凄く頭に有って それから外国で仕事をしてみたいと思うようになった
外国にでなかったらどんな人生だろうと思う時が有るが、外国にでなかったら今の自分は
無いし、多分こういう風に自分が満たされると言うか
ある意味自分自身に満足が出来る生き方が出来た自分に出会えなかっただろうと思います
外国に出た時に多少の苦労をしたけれども、アルバイトしたり、友達の中でも芸能人だとは知らない人もいたし、そういう中で生まれた時から芸能界の父に育てられて 12歳で芸能界に
スカウトされてデビューして 子供時代から芸能界と言う感じだった
無名なアジア人として普通の人生を経験できたのが有る意味豊かにしてくれたことはあると思う日本だといろんな人が自分を支えてくれたり、普通に生きていても 日本は親切な人が多い
外国だと普通に生きてても親切な人は少ない
アジア人という偏見で見られて 年齢も若く見られて扱いも良くなかったり、そういう辛い思い
をしたり差別を受けて 完全に一人暮らしで、本当にマネージャーも無く一人で動いていましたので自分自身が見えなかったもの 如何に自分の少女時代が恵まれてきたかが判ったので良かった
考えないから良いのかもしれない 失敗したらどうしようとは考えなかった
絶対うまくいくと言う風に思っていた
食べられなくなったらその時は、其の時は又考えようと思った
お金が稼げないときに、日本語教師をやってみて芸能界以外でも生きていけると言う
自信がついて、新たな心の支えになった
英語はかなり悔しい思いはしているが、子供でもしゃべれるので、如何に自分の生活に密着するかでその言葉のなじみ方は違う どこの国に行っても2週間位で解る様に成って来る
1カ国語をマスターすると次の外国語が楽になる
本当に必要になれば臨機応変に対応する生き物だと思う 切羽詰まった状態にする
絶対そう思う 矢張り苦労するが その国の言葉に浸かる
使わないと英語は駄目になってゆくので使うようにしている
褒められた事が凄くうれしかった もっと褒められたいと思うようになった
スカウトされたときに両親は大反対だった 土下座して仕事を始めた
子供時代は家庭内のトラブルも有って自分自身を自分で自立できるように なりたいと思った 子供のころは必要以上に大人に見られたいと思っていた
富士宮市に住んでいる 芸能人は借金が怖い 仕事が無くなったら、本当に無くなるので
借金が無い状態で家を作った
26歳からアメリカに住む 体調も芳しくなかった 異形細胞が有り癌に成る可能性が有るとのことで 現代医療薬に頼るようなタイプだった
しかし 身体を直すのは自分だと 病気を予防してくれるのも自分の身体だと言う事に気がついて 食べ物の大事さに気がついて農業にも興味を持って自分で育てたものを食べるようになった昔は家から出ない様な若者であった
今は山へ行ったり 空手をしたり 農業したり 走ったりしている
矢張り食べ物の力だと思う 体質改善をした 10代のころは好きなものをお腹がいっぱいに成ればいいと思っていた
自分の身体が何で出来ているのか判らなかった
食べ物でも粗悪なエネルギーに成ってしまうものが有る
生のものに含まれている酵素、身体の中で綺麗に燃えるもの、身体を汚さないもの
良い減量ダイエット(食習慣) 継続できる食べ方 実際の食生活にもとづくものでないといけない
自分の好きな大好きだった伯父と父親ががんで亡くしてしまっているので、病気に成らない様にしていきたい
周りの人達も健康で長生きして貰いたい それを形にしてゆきたい
第二の使命として考えてゆきたい
食、農業の有り方 想い を人に伝えられるようなシステムを作って行きたい
安全な食材、安全な食事 を日本中に食べてみたいと言う人がいるのでそういう事をしてみたいと思う
女優をしながら半エックス(農業他)をしてみたいと思う