2019年5月13日月曜日

穂村弘(歌人)              ・【ほむほむのふむふむ】

穂村弘(歌人)              ・【ほむほむのふむふむ】
初めにショックを受けたのは、自分の書いたものが活字になって雑誌に載ったことでした。
手書きで送っていた時代でした。(ワープロが一般に広まっていなかった。)
別世界の出来事でした。
雑誌に載ったことは連絡がありませんでしたのでなおさらでした。
文学部で教職課程を取っていなかったので先生にはなれないし、行き場が無くてコンピューターがまだ黎明期で人が足りなくて、ほぼ無試験でシステムエンジニアとしてコンピューター会社に入社しました。
通勤時間も長い(1時間40分ぐらい)し、原稿書く時間も中々ないような状況でした。
他の雑誌で新人賞を取った加藤治郎さんから手紙が来て、一回会わないかと言う事で会う事になりました。
会うと朴訥な感じがしました。
加藤さんは会社員で3,4歳上の人でした。
彼を介して段々人脈が広がって行きました。
同人誌「かばん」に所属することになりました。
そのころちょうど文語体から口語体に替わる時期でした。
先生はみんな文語体でした。

「かばん」では翻訳家としても著名な井辻朱美さんとか、当時のリーダーは中山明さんとか、林あまりさんとかがいました。
周りの人たちは歌人と言う事だけではなく色々な方面に活躍していて私も翻訳、絵本などを作るようになりました。
定型詩としての5,7,5、7,7に興味がありました。
加藤治郎さんの歌
「ぼくたちは 勝手に育ったさ 制服に セメントの粉 すりつけながら」
コンクーリートに囲まれた場所で制服を着せられて、管理されているが本人たちはどこかクールで、いや僕たちは勝手に育ったんだよと。(学生運動の世代の後の世代)
「さ」行の言葉が繰り返される。
見えないかすり傷を沢山負っているようなそんな雰囲気がこの言葉にはあるようです。

「もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに」
僕はこれはセックスの歌だと思います
セックスのような微妙なテーマになると口語体にすると生々しすぎる。
文語体は生々しさはないが。
比喩的な表現で暗示している。
連作の配列によって効果が出てくる。
「 ヘッドフォン・ステレオを聴く この家にもうだれもいないことに気づいて」
どこか自閉的な世代の特徴が出てきている。
当時年上の人から見たらヘッドフォンをつけて音楽を聴いて居る人たちは心を閉ざしている象徴の様に見えた。
*「サムデイ」 佐野元春
ポップスの歌詞に当時の口語体の短歌で影響された部分もあると思います。
「・・・さ」とか「・・・だぜ」とか「・・・かよ」といったふうな語尾に。

「シンジケート」より穂村弘
「体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ」
冬で窓の外には雪がひらひら落ちてきて、雪だと言ったが口に体温計が入っていて、「ゆひら」と聞こえ、なんだよ雪といったのかよ?みたいな感じ。

「 「キバ」「キバ」とふたり八重歯をむき出せば花降りかかる髪に背中に」
桜が咲いていてその下で何故か二人は 八重歯を見せあって、戯れている。
初期の歌には社会の歯車になるとかの恐れ、嫌悪感、反抗、不安などがすごく裏返っていて二人だけの学生のような時間を生きる、時間が掛け替えが無い、子供のようにじゃれ合っている時間に対する憧れが凄くいいと指摘されて、当時の自分の気持ちそのものだと思いました。
「水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば」
女の子がレインコートを着ていて、肩を抱いたらふと見ると水滴がちっていて、その一つ一つの中に月が映っていて、それが月の檻の様だと言うふうに見立てた歌です。
月がその中に閉じ込められている。
これは女の子は全然気が付いていない状態、女性に対する憧れみたいなものが投影されている。