2017年7月11日火曜日

保坂紀夫(竹造形作家・工業デザイナー)・竹に魅了された男

保坂紀夫(竹造形作家・工業デザイナー)・竹に魅了された男
1940年山梨県生まれ、77歳。
子供のころから竹林など自然に囲まれて暮らしてきました。
武蔵野美術大学を卒業し、企業デザイナーとして15年間働いた後、会社を辞めて山梨県に戻り甲府にデザイン会社を設立しました。
学生時代から考えていた念願の竹を素材にした創作活動に入りました。
少しづつ学んでいた竹の編み方の技術を本格的に習得するため、全国各地に修行にでかけ、竹アートの世界に入りました。
カゴ、ザル、花器、オブジェなど、さまざまな作品を作って展覧会に出品し、多くの賞を受賞されています。
2006年には山梨県北杜市大泉町に創作活動の場と作品を展示する場として竹の造形美術館を作り今年で11年目を迎えました。

100点以上が展示、面積はおよそ100坪あまり。
地元の杉とヒノキで作っていて塗装は柿渋、壁も全部和紙で貼ってあります。
標高は1100mぐらいのところなので、冬場は閉館に成っています。
①伝統的な技法を用いた実用のもの、②伝統的な技法+独自技術を用いたデザイン性と実用性を兼ねたもの、③素材としての竹を実用性をとも合わない自由な作品
大学では工業デザインをやっていましたが、細かな立体設計などを15年間やって、その間に修行して竹の作家に移行していきました。
竹の持っている特性は素晴らしいと思いました。
竹は1200種類ぐらいありますが、こういうものに向いているのは真竹だと思います。
精密なものから何mと云う大きなものまで作ります。
作品に応じて竹を選んで作ります。

最初アトリエだけつくりました、大きなものまで作れます。
色んな素材を扱ってきたが、精密なものは作れる、反発するし、光も通すし、その人の技術によって生きてくれるところに魅力を感じます。
できるだけ長く持たしたいものは、さらし竹といって、竹を煮沸してアクを抜いて干して、編み取る?と狂わない。
節があるので、作品によって節を考えて作ります。
始めようと思った時には竹林は全国に何十か所もあったが、減ってきてしまいました。
使い方、入れるものによって編み方が120種類以上ありました。
編み方について修行して歩きました。
竹の種類は日本には600~700種類あります。
竹の産地により編み方がちがうという事もあります。
真竹系は繊維が緻密で正確なものを作れるし細いものから太いものまであり、節間が長い、それは強いと云うことでもあります。

子供のころは風よけの竹があり、竹やぶで遊んだりしていました。
絵は好きでした。
父親は教員で色々な情報が入りました。
中学の時に甲府に転校して美術部に入り、高校でも美術部に入りました。
工業デザイナーを目指して武蔵野美術大学に入りました。
3年から工業デザイナーの方の勉強をしました。
就職はプラスチックのメーカーに入ってプラスチックの製品をデザインしました。
ビールの箱、家庭用品、などのデザインをやっていました。
15年ぐらいやっているうちにプラスチックのゴミの問題が出てきて、もう良いかなあと思いまして、竹に興味を持つようにもなりました。
デザインは注文でやるので自分で作りたいものをやるわけではないので、転換したいとの思いがありました。

会社の人も減らされ宣伝もやらされるようになり、両親の面倒を見なければいけなくなって山梨に戻りました。
デザイン会社を立ちあげデザイン会社をやりながら、竹の作品を展覧会に出品して行きました。
工芸品のショップもやりながら、全国を回って竹の技術を磨いていきました。(40歳台)
段々個展もできるようになり、珍しいと云うことで色々開きました。
そのうちに海外の展覧会にも出品するようになりました。
フィンランドが最初でしたが、竹が好評で海外での個展の話も持ち上がりました。
竹は職人の仕事と云うことだったがファインアートとして美術大学では扱っていなかったが、東京芸術大学から特別授業をやってほしいと云うことでそこから色々な大学で授業をやる様になりました。

60種類の編み方がありますが、編み方を色々応用して無限と云っていいほどの沢山の編み方に広がっていきました。(時代編みという編み方も生み出しました)
「矢鱈かご」 衝撃的な編み方でした。
綺麗に編んであると云うよりも、繊細なものと実用的で荒々しくて強さを持ったかごを作ってみたかった。
作っているうちに、ああやってみようこうやってみようという事が浮かんできます。
3~4年の真竹を使っています、年がとってしまうと硬くなってしまいます。
新作を考えて居て試作を作っていますが、新作を作るまでに5~6個の試作品を作ります。