2013年5月12日日曜日

岸ユキ(女優・画家)       ・農業は新しい創造の源

岸ユキ(女優・画家)・農業は新しい創造の源
1964年 西野バレー団に入団 クラシックバレーのほかにラジオ出演、歌手としての活動を始めました  1969年から始まった「サインはV」ではキャプテン役で活躍します
その後NHKの明るい農村の番組に出演したことから農業に関心を持つようになりました
20年前から山梨県の韮崎で季節の野菜を作っています
畑で実る農作物や山梨の自然をモチーフに絵を描き続け、3年連続で二科展に入選しています
東京と行き来して行う農業の楽しさと苦労話、絵やバレーの世界と共通することなどを伺います

農場での作業 夏野菜の苗を全部植えました  きゅうり、トマト、なす、おくら、ししとう、種もまく全部苗で5本ずつ植えるので畝としては5,6本  耕して、肥料を入れてふかふかに土をしてやる
基本的には力仕事は夫が担当 助け合いながら行っている
或るときに 「岸さんねー  百姓ちゅーもんはねー らっきょのような汗をかいて一人前」と言われた  20年やってきた  畑の広さは200坪ぐらい  手で耕している

父は日本画家の山田皓斉 私も一緒に書いていました   何も教えてはくれなかった
小学校は水泳、4年で5000mの遠泳に参加した  6年生で師範の資格を撮る
中学でウエストサイドストーリーを見て大ショックで本当に素晴らしいと思った
かっこよく踊りたいと次の日に西野バレー団の門を叩く
顔が黒くて、水泳で身体は骨格が大きかった  
水泳とバレーの筋肉は違う バレーをやる人は水泳をやっては行けないとのことだった
父からは、やるからには基本からやりなさいといわれた

「サインはV」に出演することになった 背が高かったのでキャプテン役になる
最初は農業の番組に出会う NHKの明るい農村から話が来て、アシスタント役 農協さんの提供の番組で農村をリポートして回る番組が同時に来た
それまで、いろんな番組に出演してきたが、海外出張番組にも出かけて、とても良い経験をした
日本の良さを見直しすることができた そのあとに農業番組に参加することになった
北海道から九州、沖縄まで出かけた 素晴らしい農家の方に沢山出会う(カルチャーショック)
番組の中で米作りもやった 素足で田んぼに入って、気持ち悪さ、でもあったかい、あの雪解け水がここに来てくれるので、美味しいんですよと言われて、感動する

いつかは自分でもやりたいなあと思った 農家の女性の美しさ、たくましさも感じた
友人が山梨にいて(山梨医大に受かって)その後農業をやるなら山梨だよと、誘ってくれた
案内されたところが畑だったので、宅地にならず家を建てられなかったが、その後家を建てられるような状況になった(4年間かかった  家を建てるのも地元に大工さん 水道も引くのにも苦労したが地元の人にいっぱいお世話になった  この4年間が親しくなれるきっかけになった)

最初、しばらく放っておいた畑なので硬い土地だった  無農薬農業 
土を段々良くしていけばできるようになった  でき上った野菜は親、友達、近所に配る
絵を二科展に出展  若いころに二科展に出展した事がある 
是非出したいとは思っていた  3年前に二科展に一般公募で出した
80号 2枚書いたら後は100号が書けますと言われる  
題材は畑の野菜 自分でデフォルメして描く  
上村 松篁(しょうこう)さんは鶴を描くが鶴を飼っているとのこと  私も野菜を作っているので、そうかなあと思う

舞台は演じる側と客席が一体にならないと、良いものにならない  客席と舞台が一体になった時に天から魔物が下りてくるような、 三位一体になったときに素晴らしい劇場が割れんばかりの感動が生まれる  農業も私たちの努力と、人間の力、自然の力、三位一体になった時に良いものができるのかなあと思います(毎年違う  魅力の一つでもある)
新たに農業を始めたいと思う人は、自分はその土地の人たちと合うのかとか、いろいろ調査してから入って行った方がいいと思う