2013年5月1日水曜日

天野篤(心臓外科医)      ・命を削って命をつなぐ

天野篤(心臓外科医)・命を削って命をつなぐ
心臓外科医は一旦メスを握ったら後戻りができず、一本道をひたすら前に進むしかありません しかも、熟慮が許されず、即断即決が要求される時間との闘いです
世界的な心臓外科医で知られる順天堂大学教授 天野篤さんはこれまで25年間に6000人を越す人の心臓手術を手掛けています  その業績の大きさに頭が下がります
天野さんの手術を受けた患者さんの心臓は以前にもまして、パワーアップ 術後2週間で 海外出張に出かけたり、2ヶ月後に4000m級の山に登った人もいます
四半世紀に及ぶ心臓外科医の道を天野さんは「一途一心(ひたむきに)、命をつなぐ」という本にまとめられました

心臓を切り開くという事は、普段で有れば出血するところを開くわけですから、中の部品を直すとか取るとか、して修復するあるいは人工のものを入れる、元通りに戻すことができないと、
患者さんは助からない 
その間にある一定の時間がかかるので、(脳は5分で駄目になる) 心臓は20分 何らかの酸素を送らないと心臓の筋肉が傷んでしまう 
それ以上に時間がかかる場合は、心筋保護 心臓を休ませるケアが必要になる
いたわりの気持ちとしっかり直すぞという気持ちと、両方にバランスを取らないといけない
それが分岐点になる 時間との闘いです

思考を巡らしながら、技術を展開する部分をできるだけ少なくする
考えるんではなく、反射的に作業する  手際良くすることが要
一旦これをやると決めたら、短時間に、シンプルに 考えてやることであれば、熟慮して知識と自分自身の経験と絡めて最適なものを作り上げてゆくという、スイッチのオン、オフが非常に重要 
紙芝居を思い出してもらえればいいと思う  
ストーリー 言葉はとうとうと述べるが、一つ一つの場面が広がりを持つような絵を出しながら、紙芝居は進むが、 それと手術は似ていると思う
キーとなる絵は5~6枚だが、その間の道のりはすらすらと空で言える場合があるし、確かめながら言わなければいけない場合がある 
その時にはストーリーの展開が違ってしまう場合がある
紙芝居的な要素がある

25年間で6300件ぐらいは通過している 昨年は505例手術している 月、木は4件やっている
8時から9時にスタートして、深夜に及ぶこともある
スタッフは医師3名 看護師は直接員1人、間接員1人 麻酔医師2名 臨床工学技師2~3名トータル10人前後
生活を取り戻す実感するのは、患者さんがご飯全部食べたとか、よく眠れるとか言われた時
担当医としては良かったなあと思います 早い人で2~3日目
心臓が軽くなったとか、酸素が多く入るようになったという人は、大変活動的になられる
アーノルド・シュワッツネッガー 手術して一番元気にやっている
大動脈弁狭窄症 心臓の大動脈弁の交換をしている そのあと映画を撮ったり、知事をしているので、手術をしても、あの位元気に飛び回れる

手術の成功したのは、手術したことを忘れているという事  制限なく自分のしたいこと、活動するので、そういう風なところを見させていただければ医者冥利に尽きる
心臓・冠動脈バイパス手術の専門家 心臓が拍動していても、迂回路を作る手術ができるようになった
 以前は、細かい手術なので、心臓を止めてやっていましたが、心臓を止める補助手段として使うのが人口心肺、人口心肺の事を英語でポンプという
ポンプを使う場合がオンポンプ、使わない場合がオフポンプ 
オフポンプの心臓バイパス手術は日本が世界で最も進んでいる
昨年2月天皇陛下の手術 経験、技術、安全性 術後合併症に対する対応能力などで、総合的に判断して白羽の矢が立ったたものと思う
手術自体は意外と緊張しないで、できた  
準備の段階ではどうしよう、どうしようと思ったが、2回ほど病状説明と、手術の具体的な説明をして、医者と患者さんと言う関係に、私を導いてくださったと思う
 
説明したりすると最後には必ず、感謝の気持ちを「ありがとう」と言って何度もおしゃって下さった
手術時間は約4時間  術後の会見では慎重に発言するが、どの患者でも同じ
飛行機が着陸するときに、「無事着陸しました」とは言わない、定刻に着陸という
無事と言う事は、その伏線には、非常にきわどい場面があったと、言う事を暗示するので、ぼやかすことはしない その通りお伝えした次第です
8月にテニスをされた情報を貰って、その時に本当に役に立てたなあと実感した

心臓外科医へのきっかけ 父が心臓弁膜症である事が高校生の時に判って、大学2年のときに手術して、将来再手術があるとは言われていたので、再手術のときには、自分もその道に進んで、多少はその診療に役に立てるように、という志ですね
父が亡くなるまでに3回手術をする  2回目の手術は助手として立ち会った
最後の手術は難易度が高かった(現在で有れば、対応できたと思うが、当時ではちょっといろんなものが届かなかった術後合併症があった)
最後は凄惨な術後を見せてもらった
昔、合戦のときに、大将は玉とか、矢を受けて、仁王立ちになって、息絶えるというシーン それを見せてもらったので、自分はそこから立ち上がれというメッセージをもらったような気がして、これはやるしかないと、そういう感じでしたね

手術の時に、大事な時、細かいことをやるときには、震えない (そういう体をもらったことに対して親には感謝している 外科医向きの身体) 
出来るだけ早く、精密にやるために、つま先立ちでやる場合もある
(武道、とかテニスのサービスリターンの時のような)  
東日本大震災の時にも手術中だった 二つ目の弁を取り替えている最中に地震が来た
手術台が横に物凄く大きく揺れた 点滴類、人工心肺のためている血液がチャップンチャップン言っている  頭の上ではライトがぶんぶん動いている
とにかく心臓を止めている状態なので、なんとか助けるぞとの思いで、手術を続行する
無事終了することができた
患者さんが退院の時に言いました「私の誕生日が二つになりました」と

執刀医の心構え→①自分自身の心身の充実が大事  
②同時に仲間を大事にする 
③目配り、気配り
それぞれの歯車のまわり方を調整してから、始める(これが一番重要)私が大きな歯車として噛み合ってゆく 
手術中も考えなければいけない場面が出たときには、もう一人の自分がこの前はこう言う風にやってそのあと凄く上手くいったとか、支えてくれる
もう一人の自分とキャッチボールをしながら、過去の成功例等を考え、行っている

命の分岐点で、患者さんを生きて帰すという事を考える患者さんは、10人中2人ぐらい
後の方は危険性の評価、合併症の発生率は予測できているので、上手くいって当たり前
うまくいかない場合のポイントは何かと言ったら アクシデントしかない アクシデントの予想と言うものは人的なものと、偶発的なものがある
偶発的なものとは、たとえば地震とか、がある
人的なものは、周りがふっと手を出してしまうとか、間違えて機械を扱うとか、そういう事の方の管理の方がウエートとしては大きい

スピードが要求される  俯瞰する(鳥が高い位置から見つめるように) 
一旦、全体を見渡して、一か所に舞い降りてくるというような  これの繰り返し
新しいおかしなこと 新しい見落しを見つけられる そこにつながる
患者の心構え→術前の説明では、よくなったイメージだけ持ってくださいという
不安を取り除いてやる

「一途一心」 ひたむきにコツコツとやって、その結果として、振り返ってみたら、それまで手に届かなかったものが手に入っている と言う言葉 
ドラゴンボールの元気玉の様なもの いろんな人の力をもらって、敵をやっつける
父の形見を整理していたら、自筆の翻訳版の詩(「青春の詩」)が出てきた
サミエル・ウルマン と言う人の詩  マッカーサー元帥が執務室の壁に掲げていた
人は情熱のあるときには老いない というような内容  私を後押ししてくれている
あきらめたら負け あきらめたら青春ではない あきらめたら老いる 

高齢社会になってきているが、夢を忘れてほしくない
本に書いてくださいと言われた時には、「一途一心」の脇に「明日のために今日の一日を大切に」と本に併記している  
今日一日、頑張れば明日はがんの特効薬が使えるかもしれない 
明日はもっと新しい手術ができるかもしれない  個人でも体験してきているので
私たちも一日一日 次の患者さんに向かってゆく 少しでも早く負担なくよくなっていただくように
目指している というメセージも入っている