安永祖堂(花園大学教授) ・人生是公案(じんせいこれこうあん)
59歳 30年に渡って禅の公案の研究を続けてきました。
公案という課題を解く事は禅宗の僧侶にとっては大切な修行です。
安永さんは一般の人にとっても公案は生きる知恵を見出す宝庫だと言います。
禅問答は公案をめぐる問答の事。
テキストがあって公案と言います。
インドの仏教が中国に渡り、お釈迦様の事を学ぼうと、お経を学んだが、これはお釈迦様のお悟りの説明だろうと、悟りの追体験をしたいという事で坐禅を組みましょうか、という事で禅宗の宗派の源になり、特に活躍したのが唐の時代で、宋の時代になり、唐の時代の禅の天才という風に言われた人達の追体験をどうすればいいかとか言う事で、唐の時代のお坊さんたちのやり取りを問題の様に作ったのが公案の始まりと言われます。
公案が中国から日本に伝わったのは12世紀の終わり頃と言われ、1700ほどある公案を日本人が理解しやすい様に体系化したのが、江戸時代の僧、白隠でした。
白隠がまとめたうちの700~800が今も禅僧の修行に使われています。
これを解決するのに10年~15年必要です。
「右手と左手で叩くと音がするが、片手だったらどういう音がするのか、聞いてきなさい。」良く知られている公案です。
合わさる前なので音以前の音、そういうものを聞いてきなさいと問題を与えられる。
頭で考えるが、沈黙の音、とかいろいろ言ってくるがすべて否定されて、ふだん考えている意識では限界があるということを気付いてもらって、その音以前の音を自分がどういう風に聞くのかという風に追いこんでゆく。
回答はあるが、それは絶対かというとそうではなく、その人その人の隻手音声(せきしゅおんじょう)片手の音があるので、正解は一つではない。
公案の修行は玉ねぎの皮を向く様なものなんですね。
剥いてなにが残るかというと、何も残らない、一枚一枚玉ねぎの皮を剥くのは、よく禅の公案の修行で一つ一つ解決して行って、何か得るものがあるかというとそうでもない。
仏教である「空」である、禅の「無」に辿りつく。
般若心経の「色即是空」 禅の「無心の境地」
言葉を本当に生かすのは言葉と言葉の間ではないかと思う。
間が抜けている、間が持たない。
間を生かすことによって言葉が命を持つという考え方。
「空」、「無」 無いのではなくないことによってすごい価値があるという、そういう事を手がかリに考えると、片手の音、聞こえないけれども、実はものすごく意味のある音を秘めてるのではないかなと。
私たちは有ることの世界にどっぷりつかっているので、そのあるという世界は、ないという世界が裏打ちの様に常にあるんだよという事です。
絵で言うと、西洋の油絵は何かの色でキャンパス一杯に塗り込むが、白も赤や他の色と同じ一つの色に過ぎないが、水墨画は余白の美、白いという何もないというスペースは、実は他の色を活かす、一本の線を活かす大切なスペースと言える。
ある=プラスの世界 ない=マイナスの世界
「空」、「無」=ゼロの世界(無限のキャパシティーがゼロにある)
我々はある、ないの世界に振り回されているが、ゼロいう世界を教えてくれている。
どの様に生きるか
①身体に気を付けてお酒、煙草を控えて一生懸命運動する、これは生存するために努力している。
②一生懸命勉強して良い会社に入ってというよな事、これは生活するために努力する。
③生存する事生活する事と、生きることは別なことだと思う、自分がどういう風に生きるかという事を捉えなおす時には「空」、「無」 智慧の世界が重要な役割を果たすのではないかと考えています。
本来の自分として本当に人生を生きているか。(実感を得ている人は多くないのでは)
①,②では満たされない世界というのは、そういう世界に向けて禅として一つの智慧を示していると思います。
昭和31年愛媛県で生まれ 父方の祖父が禅寺の住職だったので、仏教を身近に感じて育ったと言います。
6歳の時に交通事故に遭い、左足に障害の残る大けがを負う。
私と言う人格を作って行く上で、自分と他の人が違う事の意識というものに影響があったと思います。
本当の自分とはどういうものだろうと考える時に禅はエネルギーを与えてくれた。
障害を持っている自分がこのままでいいんだという事が受けいれられるようになったのは、禅の世界にいたお陰だと感謝しています。
花園大学の平田 精耕先生に出会い、修行の道を進む事になる。
修行の面白さに取りつかれた。
何百年と掛かって作り上げられた公案の体系の魅力に取り付かれた。
悟りを得るための公案もあれば、悟りを捨てさせる公案もある。
物事を続けていると、コツを覚えてしまうので、公案の修行も同様で、それを取ってしまう否定してしまう公案もある。
15年余りを公案修行に打ち込む。
「如是」、「真如」 ありのままでいいという感覚に落ちついたのは、修行させていただいたおかげだと思っている。
もとのもくあみ 自分で有り自分でない もとの自分にかえってくる、そういう風な禅の生き方は、
日常の世界が自分にとって最高の世界だと思っている人達に 非日常の世界を知ってもらって、また日常の世界に帰っていただく、その時に初めて本当に今自分がいる日常の世界の意味が判るのではないか、どっぷり日常の世界に浸かったままではその意味は判らないのではないかと思います。
人は何のために生きるのかは、一人一人が解決しなければならないと思うが、私は何のために生きるのかは、もうこれで死んでもいいと思える瞬間を手に入れる為だったんだと判りました。
「生死一如」 生と死は一枚の紙の表と裏の様なものだというが、私にとって生死一如という言葉は、人は何のために生きるんだ、と矛盾するようですが、もうこれで死んでもいいと思える瞬間を手に入れる為だったんだ、禅の修行、公案の修行を積んで得ることが出来ました。
生と死は一体であるという事に気づき、そのことをありのままの自分として受け入れること。
人と比べてどうかという事に随分日常の生活で振り回されているのではないか、そう言う価値観から解放されたら新しい生き方ができるのではないか。
貴方たち一人一人、その肉体身体は生き生きと働いている、耳で音を聞き目ではものを見て鼻では香りをかぎ、口では話す、全て合わせてやっているものはなんだ、それが無位の真人がいきいきと働いている。(一生懸命に判ろうとしている)
肩書きを全部取っ払ってしまったら、それが無位の真人という事です。
無位の真人として現実の世界をどう生きるか、問いたいのは充実している人生は人と比べてどうこうと考えている自分の欲を満たすためだと生きていませんかという事です。
日常の世界を離れて、真人の世界に追い込んでみて、又日常の世界帰ってくるという、本当に日常の意味を知るためには非日常の世界に入ってそこから帰ってこないと日常の世界は判らないのではないでしょうか。
非日常の世界 一つは禅の世界、世俗の価値観を離れた世界。
自由 禅の言葉 自らをよりどころにする。
本当の自分をよりどころにして生きてゆく、それが真の自由。
神仏でなくても、なにかをよりどころにして生きている。
禅の世界は、本当の自分をよりどころにして生きて行きましょう。
盤珪 永琢(ばんけい えいたく)和尚のそばに目の不自由な老人がいて、私は目が不自由なものだから人の言う事を耳で判断する、人の言葉は不思議なもので言っている言葉と違う響きが聞こえることがある。
隣の家でおめでたいことがあり、大抵の人の言葉が「よかったねえ」という言葉が自分には嫉妬の響きに聞こえ、隣の家に不幸があった時に、「お気の毒に」と慰めの言葉を言うが、自分にはその不幸が自分には起こらなかったという安心の響きがある、人間とはそういうものだ、ところが盤珪 永琢和尚は不思議な人で「よかったねえ」というと「よかったねえ」と聞こえ、「気の毒になあ」というと「気の毒になあ」としか聞こえない。
盤珪 永琢和尚は無に生きているので、相手のおめでたいことは自分のおめでたいことと同じように言えるし、不幸も自分の事の様に思える、仏教の言葉で「同悲同苦」と言います。
自己を「空」、「無」にして「同悲同苦」を可能にする。
本当の修行は現状公案 辛いことなかなか解決できないことが次々に起こってくるので、それに立ち向かう、私たちが生きてゆくのは公案の修行を日々重ねているのと変らないと思う。
「苦」は満たされないこと、苦にあふれた人生をほんとうの自分として生きてゆく、それは公案の修行と同じだと思います。