原田眞人(映画監督) ・映画に思いを込める
「日本のいちばん長い日」の監督
静岡県沼津市出身 66歳 子供のころから多くの映画に親しみ、映画評論家として映画の世界に入り、1979年に監督デビュー。
「金融腐蝕列島」(呪縛)、「突入せよ あさま山荘事件」、「クライマーズ・ハイ」、「我が母の記」など様々な話題の映画を作ってきました。
「ラスト・サムライ」では大村という重要な役で俳優としてハリウッドデビューをしています。
今年、「駆込み女と駆出し男」、「日本のいちばん長い日」の二つの大作を続けて発表しています。
高校では柔道をやっていた。
「日本のいちばん長い日」 8月8日から上映。
一番古い映画 5歳のころ見た。 「山がはるかなり」GI姿かっこいいと思った。
中学、高校の頃 日本映画も多く見るようになる。
日本の戦争映画は軍人の芝居が大げさで、ちゃんと映画化したいと思って、宮城事件、玉音盤の取り合いがあったんだと、そういう事実だけでもきっちり描く映画を見てみたいという想いが根本にあった。
戦後50年、60年でも「日本のいちばん長い日」のリメークはなかった。
2年前、東宝が「日本のいちばん長い日」のリメークをするのではないかと、知人に問い合わせたがそのような話はないとの事だった。
映画化権があいていて、2カ月後に松竹からOKが出て、2013年秋にプロデューサー達との話につながり、2013年暮れに脚本を書き始めた。
戦後70年というタイミングになった。
いつも最高傑作になるように丹念に作っているが、今回は本当に自分の中で一番、或る一つのレベルに到達したかなと思う。
「日本のいちばん長い日」 終戦までの4か月の話。
1967年の岡本喜八版は24時間プラスの作品です。
昭和天皇が聖断を下すことができたという背景にある鈴木貫太郎総理の力はすごく大きな物があったと思う。
陸軍大臣に阿南が起用された。
1945年4月に二人がそろう事になるが、これは昭和天皇の意志だと思っていて、昭和天皇が鈴木貫太郎さんにお前しかいないという口説くところから始まって、昭和天皇が玉音放送を聞いている姿で終わる、4か月の話という事になります。
鈴木貫太郎総理、陸軍大臣阿南、昭和天皇が揃わないと終戦はもっと遅れたという感じはした。
私の父は知覧にいて塹壕を掘っていたので、本土決戦になった場合は一番最初に父親は死んでいたと思う。
昭和天皇の戦争を終わらせた責任を描いている、昭和天皇の意志を汲んで鈴木さんと阿南さんは其れに従って行動した。
阿南さんは高潔な軍人で、、次男(小尉)を戦場で亡くしており、自身も戦場で死にたいとの意志が強かったらしい。
鈴木さんが7年間侍従長だった時の4年間は、阿南さんは侍従武官だったので3人は親しく言葉を交わしていて、お互いの気心も知れている。
最終的にはクーデターが起きてしまうが、判っていたことで、クーデターを起こした畑中少佐たちは自分が育てた息子の様な存在で、一緒になって戦いたいがその気持ちをどこでどう抑えつけて、昭和天皇の聖断に向かっての気持ち通りに和平の道に進むか、魂の相克です。
1967年の岡本喜八版では昭和天皇を前面に出すことは当時できなかったので、今回は人間を描く、人間のつながりを描くには4カ月の話でないといけないと感じました。
軍をなくして国を残したわけですから、そこから平和憲法につながっているわけで、平和憲法を時代が変わったからと言って、いじっていいものかという議論も生まれてくるでしょうし、若い世代が歴史に背を向けてしまった様な人達がもう一回この事を考え直すきっかけになってほしいので、映画を見て分析して今我々がどういう方向に行っていいものだろうかと、真剣に考えてもらいたい。
家は旅館をやっていたので、女中さんが大勢いて、その人たちの戦争体験を聞いている。
映画の世界ではハリウッドスター礼賛で、その二つが同時に入ってきた。
小学校4年ぐらいから洋画、邦画を見始め、高校では大分はまって行った。
段々監督中心の映画を見るようになり、監督になりたいと思う様になる。
1972年にロンドンで半年間暮らし、南カリフォルニア大学、カリフォルニア大学、ニューヨーク大学の映画学科に行きたくて、英語の勉強と、映画(600本以上)を見ることに専念する。
「コンドル」を見て、映画の現場はこうでなければいけないと思う様になる。
ハワード・ホークスが私にとっての心のお師匠さんです。
自分にとっての師匠になる様な存在を求めて、苦労して旅をして会って話を聞いた、そういうプロセスが大事で、若いころそういう事をやっておくと10年、20年経って本当に役にたちます。
1978年 29歳の時に映画監督になる。 「さらば映画の友よ」
19歳の頃の自分を2つのキャラクターに分離させて、セリフは全部覚える映画狂と映画のデータは全部入っているがセリフは覚えない、2人の繋がり、友情と不良少女とのかかわりの話。
映画を作っている人間で英語が判る、ニュアンス判る人間はいないか言う事で、字幕の翻訳も行う。
今まで日本語の字幕には出てこない猥雑な言葉を使った、という事で話題になる。
2003年 「ラスト・サムライ」 大村の役 見てくれは温厚だが実は腹黒い人物がいないという事で私のことを思い起こしてくれて、テストを受けたが緊張して駄目だったが、2度目のオーディションを受けたら受かってしまった。
監督だったらこう撮るのになあと思ってしまったりして、演ずるのは苦手です。
ポツダムの中でのトルーマンとスターリンとの覇権争いで、スターリンを唯一見返せるトルーマンの道具は原爆になってゆくので、原爆を落とす事でアメリカの優位を保ちたいと固まってゆくので、そのプロセスを映画化したいなあと思っています。
終戦4部作をやりたいと思っている。