2014年9月3日水曜日

大澤美香(HALL代表)     ・気楽にオペラ如何ですか?

大澤美香(はなみがわ風の丘HALL代表・一級建築士) 気楽にオペラ如何ですか?
大澤さんは千葉市の出身 49歳  2000年3月に自宅2階に小さなオペラホール風の丘ホールを造り活発な活動を続けています、今日はこの14年間の大澤さんの歩みとその思いを語って頂きます。

オペラに興味を持つとは思わなかった人生が14年前から始まって、知らない世界に飛び込んで必死だった。
1階が事務所、2階が85~90席のホール 22坪 舞台が幅7m 奥行き3m 小さなホール
3階は自宅兼、楽屋控室、ヘアメーク等になっている。
音響は音が響く状態のものを考えて作った。 
天井は音を吸わせる様な設計をしました。
照明は普通の家庭用の照明機材を使っておこなった。
字幕は正面のコンクリートの壁にプロジェクターから投影する形で日本語の字幕が出るようにしています。
目の前で演じている人と字幕がセットで視界に入ってくるのでお客様には凄く好評です。

ホールを作るきっかけは?
たまたま友だちが市民オペラの合唱団で、チケットを買ってほしいと言われて、「フィガロの結婚」を見に行ったのが初めてで、演技、音楽、話全部にひきこまれてしまった。
建築士なので千葉と他を比較すると、地域の都市計画の部分でも、千葉がもう少しもっといい形で芸術を生かせる様な風土、地の利を生かしてうまく作ってほしいとの思いと、1995年ぐらいから地下鉄サリン事件とか、連続児童殺傷事件とか、急に想像できない事件が多発して、地域のコミュニティー、人と人とのつながりが薄くなっているので地域の安全が見守られないとか、思って、心が痛んだ。
行政に頼らずに、自分たちが地域のコミュニティーをもう少し活発にして地域の安全を見守る目を作っていきたい、その為には、音楽、芸術を行う事で、交流のきっかけが生まれて、ドンドン広がってゆく事で、地域が安全になってくれればいいなあと思った。

オペラを掘り下げてゆくと、地球の上で生まれた芸術として、話自体が人間の生きざまだったりする。
人間て、どの国に生れようが、どの時代に生れようが、繰り返して人間て人生を生きている様な気がする。
古典と言うものには人間の生きざま、を学ぶべきことがいっぱいある様な気がする。
そこから汲みとる事によって、先の未来で過ちを繰り返さない様に、学ぶ材料として古典があると思う。
仕事がもの凄く忙しくて、オペラを知ったことによって自分の精神的に疲れていた事が癒された。
オペラに出会ってから、その時の友人が小さいレストランで歌っているので、来ないかと言われていったら、小さなところでやっていた。
数メーターの距離で、彼等の声は凄く迫力があってこれはすごいなあと思った。
歌、演技、を2時間以上もやる事に、すごいいろんな才能がなければできない、感動してしまった。
子供ができなかったので社会に何か恩返しができないものかと、思った時に、主人に相談した。

建築で稼いだお金をそのままそこに持っていけば、迷惑を掛けないのでいいか? と話した。
駅から歩ける場所を探して、予算に見合って切り売りしてくれる場所が見つかって、自分で設計をして、施工会社にも結構無理をお願いした。
最初いつも満席だった。 最初のオペラの為のチラシに想いのたけを全部書きいれた。
其れを見た新聞記者が興味をもって、新聞に掲載された。 半年分が完売されてしまった。
全部違う出演者でやりたいと要望して、蓋を開けてみたら、凄い有名な人達がずらっといた。
1年、1年勉強しながらきた。
3年ぐらいしたら、子宝に恵まれ出産することになり、オペラは休止する事にして、建築の仕事と、出産だけに専念した。
その後は自分で企画製作など全部やる様になった。

最近 風の丘では良いメンバーで良い演出家、良いピアニストがついて、充実して演奏ができることが素晴らしいと、風の丘に呼んでもらえると嬉しいとソリストに言っていただける。
延べ130回以上の公演を行った。
演出家 大きな劇場ばっかりでやっているので、小さい所の良さ、小さいところだからこそ伝えられるオペラのよさがあって、そこが風の丘では伝えられると言う事があって、ここだけの楽しみがあるとして、演出家の方も楽しんできてくださっている。
演出家の方の指導が歌い手さんにとっても勉強になるので、相乗効果で、トップレベルの人達も何とか公演に参加してくださる。
演出家も伝えたいという思いがあり、稽古日数が当初よりも3~4倍になった。
ギャラを上げないといけない様な状況。

公的な場所 体育館などを利用させてもらう事もあるが、行政からの負担は無くて費用はすべて自分で負担している。
子供が出来て、お金がかかってしまって、こんなことをやっていてと言われたが、周りから言われてたり、ソリストから感謝の言葉を言われて、辞めるに辞められず、全部自分でやるので、時間が避けられず、収入源が建築であるが、建築がほとんどやれずに、収入が途絶えてしまって、オペラをやめようかなと思ったりする時期があった。
おととし、10ケ月オペラをやらない時間を作った。
企業にお願いして見ようと思って、電話、手紙などで協力依頼をしたが、全部駄目だった。 
名古屋の方が電話してきて、御支援させてくださいと言ってきてくださった。
こんなことが有るのかと、年間3公演あるが、全部に少しずつ寄付をしてくださった。

精神的にも楽になり、社会貢献したいと思う事に気持ちが向かう様になった。
無形の芸術に対する価値観と言う事でチケット代は下げることはしたくなかった。
でも敷居が高くなってしまうと言うことにもなり、どこかからお金を援助してもらえると、お金の部分で安くして地域のかたたちにも、と言う事が出来る。
いじめ、差別、偏見 にたいして地域で考えていこうと言う事でオペラを使う。
泣いた赤鬼」 いじめ問題を考える。
(赤おには人間と仲良くしたいが、人間とは違うので思う様にいかず、青鬼が人間をいじめてそこに赤鬼が来て青鬼をやっつければ、赤鬼は人間と仲良くなれるので、そうしようと青鬼が提案して、実行する。  赤鬼は人間と仲良くなり、青鬼は赤鬼に人間と仲良くしてください、と手紙に書き残してその地から去ってゆく事になる。その手紙を見て赤鬼は涙を流して泣く。)
一般公開にして、地元の人達に来てもらって、いじめを考える事だけでなく、地域の交流の場としてのきっかけの「泣いた赤おに」にしたいと、教育委員会長さんにお話をしたら、賛同してもらって学校を使っていいと言う事になった。

お客さんの中から、サポーターの会ができ上って、何十人が名を連ねてくださった。
無償で協力してもらって、それが申し訳なく思っていたら、私たちも上の世代からそういう風にしてもらったのをあなたに返しているだけだから、あなたもそれを人にしてあげればいいのだから、それがお返しだからと、言って下さる。(オペラを始めようと思った時の気持ちが実現している。)
PRのためにぬいぐるみに入って宣伝している。
企業メセナ協議会の助成認定を受けている。 「風の丘」の公演は一般の方々に対しても、寄付していただくと最大限の寄付控除の対象になっている。
一般の方にも応援をしてもらう様にお願いしたら、個人の方でも寄付をしてくださるかたが多くなってきている。
千葉市が今年から、助成を始めて、それにも応募したら通って、社会が評価してくださって有難いと思っている。
何が一番大切で、何を持って生きてゆくべきか、社会がどう向かって言ったらいいか、わからなくなることが多いが、その時人間が作ってきた素晴らしい芸術を正しく評価できる、正しく再現出来て後世に繋げて、残していけるような活動に対して、もうちょっと評価して頂ける日本の社会にと、是非お願いしたいと思う。