2014年8月14日木曜日

佐藤朝代(保育園・園長)    ・園児が富士山頂に立てるまで

佐藤朝代(けやの森保育園・園長)   園児が富士山頂に立てるまで
埼玉県狭山市のけやの森保育園では、自然の中で幼児教育を行っています。
この教育方針は去年の埼玉環境省県民部門を受賞しています。
園の始まりは、37年前佐藤朝代さんが夫と共に始めた、生きる力を育む自然の教育を理念とする幼児教育でした。
19年前、佐藤園長は其れまで自然体験活動の一環としてやってきた、2泊3日の独り立ちキャンプを今年行いますと呼びかけ、猛反対を受けながらも万全のスタッフ体制を取ることと、予測されるあらゆる場面を想定したシュミレーションで、父母を説得して保育園の富士登山は始まりました。
その後富士山の環境汚染が激しくなり、やむなく5年間休止しましたが、今度は保護者から復活要望が起こり、2006年から再開、3400m地点をゴールとするグループと、山頂を目指すグル―プに分けられ、園児たちの富士登山は毎年続けられています。
これまで起きた想定外の出来事、その経験を積み重ねた結果でき上ったスタッフ構成、そして保育園の3年間を通じて行われる園児の自然体験教育について伺います。

下見に保護者と共に先日富士山に出かけたが、天候の急変を体験してもらって大変良かったです。
言語、造形、リズムの時間とかに区切られて勉強すると言うのが一般的でしたので、野山へ行ったり、畑をしたりと言う事はその時代は少なかった。
自分でも小さな子供がいたときなので、子供を育てながら、主人とどういう理念にしようとか活動をどうしようかとか、よく話し合ったものですが、当時の固められた教育で良いんだろうか、と疑問があって、子供らしさを発揮して生活するところがあった方がいいのではないかと感じた。
山に登らせたりスキーをやらせたり、色々実験をしました。
責任がかかってくるのでやらないほうがいいのではないかと、言う助言は頂きました。
手間、お金がかかるが、若かったので、主人が進めと言った様な感じで始めました。
一緒にやっているうちに、子供の方がちゃんとやっていることに気付きだしました。
疲れると歩かなくなって立ちん棒になってしまう。  判りやすくてよかった。

自然の生活の中で、注意してあげないといけない子とか、判りやすくなる。
守らなくてはいけない事、頑張らなくてはいけない事が、そういう場に置かれると子供自身が物凄く能力を発揮する。
天候が変化する時になると、濡れても何でも子供に対して夢中になってやると、先生を信頼をする。
富士登山を復活してほしいとの要望があり、歳を取ってきたし、無理だと言ったが、あのいいプログラムをやらない手はないだろうと言われて、渋々やることになった。
7合目までゆくが、その先は3400m、9合目まで、山頂までいくもの、自分で予測して決断する。
多くの子供は頂上まで行きたがるが、もう精一杯とか、行ける所まで行くとか、色々あるので、その希望を踏まえて、判断して班を編成する。
富士登山再開を要望した子は8合目で足が痛いと言う事で、(成長して半年後に靴が足に対して小さくなってしまっていた)、靴ずれ、説得したがじっと私の目を見て、嫌だと言う。
根負けして、行くんだったら最後まで頑張るんですよと言ったら、とうとう最後まで登った。

1995年が富士登山の最初、其れまでは秩父の山に行っていた。
当時12名しかいなくて、子供達は難なくこなした。
或るとき、天候が悪くて、むしむししていて、どこが頂上か、聞いてきて、苦しみをあたえるんだったら、頂上にいって登ってよかったとさせてやりたいと思っていたが、その年はいい景色は見られず、ぐちゃぐちゃした道を歩くだけだった。
子供達に申し訳ないようなことをしてしまったと思い、場所を変えようとしていた。
卒園生達のコースも一緒に行っていたが、色々な山に行ったので、最後富士山をやろうという事になり、富士山をやろうと言う事になり、幼稚園も一緒にやろうと言う事になり、父兄に言ったら全員が反対する事になる。

大学の先生にも手伝っていただいて、説明会を開いた。
いろんな場面を想定した説明を行ったが、納得してくれなくて、再度細かく説明した。
もういいです、預けますと言う事になり、なんとか了解をしてもらった。
高山病は頭の中では判っていたが、寒いと言うので、休憩地で一枚着せようと思って、手を取って登ったが、其れは高山病だった。
症状が悪くなり、気を失った。  ゆっくり組みと山頂組みと班を分けることになる。
職員が連絡して、山小屋の兄さんがその子をしょってくれて走る様に下がって行った。
私は山頂組と一緒について行ったが、色々心配はした。
回復して5合目で待っていてくれた。

体力、能力もあるが、ほとんどが精神力 やる気ですね。
其れがあると結構頑張れる。
担任がそばにいて、刻々と変わる症状を見ながら、いろんな言葉を投げかけながら、一緒に登る。
山小屋の案内人、東洋館には何度も足を運んで、いろんなことを学び、励まされた。
毎回お付き合いしてもらっている。
山小屋のスタッフ4~5名、幼稚園のスタッフは5名、自然塾のスタッフは12名付く。
ボランティアで若い看護師さんも2人付いてきてくださる。
そのうちの一人は山小屋の案内人になってしまう。
園児は17名参加する。 山頂へは1/3ぐらい行く予想。

9合目を過ぎると10歩、歩いては休み、30歩、歩いてはリュックをおろして腰を下ろすと言う様な状況で、苦しい。  精一杯の状況。
帰ってきて暫くすると、二度と登りたくない思い、又しばらくするとまた登ってみたいと思う様になり、まだ頑張れると言う事が判ってきたりする。
自然の危険な思いを共にするという事で、信頼感が凄く生まれる。(先生、親子の関係)
3年がかりで 年小、年中、年長 最後に年長が富士登山を実施する。
年少 1万坪の平地林があり、そこを借りて、週2回そこに行く。 
そこで色々なことを自由に遊ぶ事ができる。(冒険心、用心の両方を養う)
年中 日和田山で訓練をする。 年長とペアになって年長が指導役をする。