2013年9月5日木曜日

上杉春雄(医師、ピアニスト)       ・医師としてピアニストとして人を癒やす

上杉春雄(医師、ピアニスト)  医師としてピアニストとして人を癒やす
  
札幌で医師として勤務しながら、ピアニストとしても活躍しています
4歳からピアノを学び、小学校時代からコンクールや演奏活動で其の名を知られていた、上杉さん、ピアノを続けながらも中学校時代に医師を目指すことを決め、北海道大学医学部に入学しました
学生時代にあるコンサートの様子を聞いたレコード関係者から声をかけられて、CDデビューを果たしました
北海道大学在学中に、1986年にマリアカザレス、バルセロナ国際音楽演奏コンクールで入賞、1988年サントリーホール、大阪シンフォニーホールでデビューリサイタルを開いたり、1990年には諏訪内晶子さんとのジョイントコンサートを各地で開いたりしました
大学を卒業後、東京都内で、医師として勤務しました
そして5年後東京大学大学院に進学、医学博士を取得しました
その年スウエーデンのウプサラ大学に入学しました
2003年に演奏活動を再開、現在は札幌市内の病院で神経内科医長として勤務しながら、ピアニストとしてもコンサート活動をしています
CDデビューをしてから今年で25年を迎える上杉さんに伺いました

あっという間の25年だった 学生時代から時間があまり経っていない様な気がする
神経内科医長 脳、脊髄、末梢神経、筋肉を見る内科医で、半分ぐらいが脳卒中、神経難病と言われるいろいろな病気、パーキンソン病、筋ジストロフィー、アルツハイマー病、・・・
症状で言うと、頭痛、めまい、力が入らない、しびれる、口がもつれた 等
救急のお手伝いもしている
医師でピアニスト あまり聞かない 指揮者、作曲家はいるが 体を使うのでほとんどいない
昔から両立は無理だと言われたが、職場の方に助けてもらいながら、なんとかやってこられた
難病の人が10年ぶりに聞いて、この40分は病気のことを忘れていたといわれて、一時期院内コンサートをやっていたこともある(現在もたまにはやっている)

十勝の根室で育つ  母親が学校の教師だったので、たまたま家にピアノがあってピアノを弾いていたので、何となく触っていた
小学校3年生の時に、本格的に指導する先生で、それからピアノを弾く時間が増えていった
其先生が突然今年亡くなってしまったが、25年間見守って支えてくださった先生なので、まだまだ聞いていただきたかったが、何とも言えない寂しさがあった
ピアノを習って、コンクールで賞をもらえなかった事はなかった
音楽が好きで、カセットテープにレコードを落として、どこでも、いつでも聞いていた
(トイレ、食事中、寝るとき、車に乗っているときでも聞いていた)
激しいスポーツはやらずに、水泳とか、虫取り、野原を駆け回っていたりした

中学の途中で札幌の方に引っ越しをして、勉強をしていた
高校に入る段階で医学部を目指していたので、一生懸命勉強しないといけないと思って、高校時代は真面目に勉強をし、北海道大学の医学部に入学した
13歳でウイーンに行って、教授に教わったが、直ぐにこちらに来いと言われ、中学校の段階で突きつけられたので、いろいろ考えて、中学校の2年の時に医学部を目指すことを決めた
人間が生きる上で一番大事なことはなんだろうと考えた
結局、人間が生きるという事は、心臓が動いているとか、呼吸ができているとか、三度の食事がおいしく食べられるとか、夜ぐっすり眠れるとか、こういう派手さのない繰り返しがうまくいっているから、我々健康でいろんなことができると思えば、ベーシックなところが一番大事だと思った
偉大な、単調な事が一番大事で、それを守る仕事が、多分私にとっては一番やりがいのある生き方になるのではないかと、言う事が最終結論となった  そして医学部に行くことを決めた

日野原重明先生(102歳)と話したが、秘訣として先生がおっしゃったのは、30歳の時から腹囲と体重が全然変わっていない
食事を節制して、体重維持のために適度に運動している、それだけをおっしゃった
大学在学中に、演奏会をやっていたときにレコード会社の人から言われて、契約しようという事になって、一気にメジャーデビューというようなことになってしまった
学生の時にしか出来ないだろうと思って、そんな気持ちで始めた
国家試験時には音楽はストップした(数年間は弾くことはなかった)
医者として生きていく上で、いい臨床医になるためには、患者さんを見ているだけではだめで、自分が患者さんを見るための武器をきちっと身につけないと良い医者にはなれないと、言われて、武器が欲しいという事で大学院にいくことに決めた

医者の仕事に慣れてくると、ピアノを弾いていない自分に物足りなさを感じた
患者さんの集まりで弾いてくださいと言われるのが、ぽつぽつ出てきて、そこで弾いて喜んでもらえて、嬉しかったし、音楽に何となく魅力を感じ始め、音楽の勉強を始めた
医師と音楽家との関連性は?  どうやって効率的に体を使うかなどは、自分の専門分野で少しは役に立っているが、音楽の大事なことは、うまく楽器を操ることではなくて、もっと音楽というものをどう考えるかという事になってくると思う
医学とはあまりにも違う部分が多い
医者の仕事は医者の仕事をきちっとやりたいし、両方区別して仕事をしようという気持ちが強い
最近はそういう方向に行きたいと思っている

弾けるときに弾く   癒しという事でいえば、家族がいてほっとする時間は貰っている
人間が在る課題を達成しようとする場合に、二つの要素があって、 
①外から御褒美をもらう
②自分の中からの欲求 中からの欲求の方が強い
辛い思いをしていたとしても、なんとかそれを自分で乗り越えようと、いう気持ちを常に持ち続けられる状況に生きているので、癒し、息抜きとしては、考えていない
子供は小学校高学年 2人 ピアノは特に強制的には考えていない 
音楽と付き合える楽しみが持てるという事が良いかなと思います
音楽は間口が広いので、いろんな楽しみ方があるので、一生いろんな形で楽しめると思う
(音楽のジャンルの広さ、聞く、演奏する、歌う、踊る 等々)

デビュー25年 10月、11月にコンサートを開く(北海道から関西まで)
時間が経つという中で、人が一生懸命生きているというのは、どんな時代、どんな国でもそうだと思うので、音楽家にとってみれば、環境の変化を音という形で、残していってくれているので
バッハの時代 300年前の音楽から50年ぐらい前の音楽まで、時間の流れの中で、人が一生懸命に生きているんだという事を含めて、見つめてみたいという欲張ったプログラムではあるが、
古典的なレパートリーからストラヴィンスキークセナキスというところまで俯瞰するような演奏会をやってみたいと思っている

生きることを問いかける様な選曲にもなっているし、音楽としても楽しめるようにしている
医学も基本的には日進月歩があって、新しい知見とカが出てきているが、基本は人間の体がここに在って、そこでなにか不都合があって、症状が出てると、そこからスタートするものだと思う
研究がどんなに進もうと、患者さんの話しをきちっと把握すること、患者さんの出されている症状をきちっと見つめること、一番ベーシックなところを大事にする
音楽についても、人の心が何かのきっかけで動いていることから、起きていると思うので、人の心が動く瞬間を我々演奏家は再現するんだと、人の心が動く事の積み重ねで生きているのだから、最終的にはそういうところに何か絡むようなものをイメージしていただく、そういうものを出せたらいいなあと思っています

演奏を終わって一番嬉しい瞬間は?
拍手がどうという事ではなくて、作曲家の魂みたいなものと、自分の感性とそれが一つに溶け合って、音になって、それがスーッと聞いている方たちの体の中に入って行っているというのが、イメージする瞬間をたまに感じるが、そういった時が一番楽しい