2018年6月12日火曜日

太田朋子(国立遺伝学研究所名誉教授)   ・遺伝の世界はワンダーランド

太田朋子(国立遺伝学研究所名誉教授)   ・遺伝の世界はワンダーランド
生物の進化について19世紀のチャールズ・ダーウィンが唱えた自然選択説と、適者生存が良く知られていますが、偶然に発生した突然変異のうち、環境に適したものが生き残るという説に対して分子進化のレベルでは進化に寄与する突然変異はどれが残るか全くの偶然ではないし、また環境に適合するものだけが生き残るものではないという、ほぼ中立説が定説になっています。
このほぼ中立説を45年前に発表したのが日本の国立遺伝学研究所名誉教授の太田さんです。
84歳になります。
近年DNAの解読が進んで、膨大な遺伝子データが発表されました。
それ等のデータが太田さんのほぼ中立説の正しさを実証しました。
太田さんは猿橋賞の第一回受賞者であり、2015年にはウェーデン王立科学アカデミーからクラフォード賞 を受賞しています。

午前中は毎日研究所に来ていて次々に新しい論文が出されているので目を通すようにしています。
メンデルはこつこつとエンドウ豆の実験をして、現在でいう統計処理をしていて、誰も考えていなかった凄い法則を見付けたのは凄いと思います。
ゲノム、DNAの研究がそんなに進んでいなかった頃は、花が赤いか白いかというような形質に関する遺伝子があってその遺伝子が増えたり減ったりすると言うことで解析してきた。
現在の遺伝子構造から考えることとは単純すぎていました。
1981年には猿橋賞の第一回受賞者となりました。
2015年にはクラフォード賞 を受賞しました。
生物の多様性の分野はノーベル賞の対象になっていないので、何年に一度対象が回ってきます。
とてもうれしかったです。

生物の進化については自然選択説と適者生存説が良く知られているが、遺伝子レベルではどの突然変異が残り継承されるかについてはほぼ中立だと言うほぼ中立説を立てる。
或る程度の選択は働くけどほぼ中立に近い。
遺伝子レベルの突然変異を考えた時に、その突然変異は自然淘汰に良いか中立か悪いかとクラスわけして考えたのが、私の上司の木村資生先生が提唱されました。
中立は全く偶然、突然変異を持っているかいないかは個体にとって生存に全く関係ない、そういうのが中立突然変異です。
突然変異はその多くはDNAの塩基を一つ置き換える、それに伴ってタンパク質のアミノ酸が一つ取りかわる、それが一番よく遺伝子進化で研究されてきた類の突然変異、アミノ酸が取り変わる、それが一番おおきいです。
自然淘汰が働くかどうかの間に僅かですが、ちょっとだけ効果をもつような突然変異があるのではないかと考えました。

生物のタンパク質の働き塩基の問題を考えるにあたって、非常にうまく働いて機能が調和されている。
一般に言われていたことは突然変異とはランダムに起きます。
おそらくはその調和を乱すような働きをするのが弱い効果をもった突然変異のなかにも一杯あるに違いないと考えました。
ほぼ中立説を提唱した時に弱有害突然変異仮説とも呼ばれます。
全く突然に起こった突然変異が継承されるかどうかは、環境に適した良い効果が残るという説だけではなくて、弱い有害な効果を残しつつ淘汰されてゆくという説を考えました。
自然淘汰説の人達からは批判されました。
タンパク質の高次構造(ヘモグロビンとか)など或る程度の知識はありましたので複雑な構造をしていて、その構造がどううまく保たれているのか、ランダムな突然変異が起こったら、そういったうまく調和した構造の配列を乱すだろうと考えました。
ある幅を持たす為にも弱有害突然変異は意味がある場合があります。

遺伝子レベルの進化と形の進化とを直接調べて検討することが出来るようになったのはごく最近のことです。
70年代には全然できませんでした。
ゾウの鼻を長くするとか遺伝的形質は遺伝子そのものよりも、遺伝子を発生の段階でいつどこでどのように使うかが大事なんです。
受精卵から分裂分化して凄い複雑な過程を経て人間になるわけですが、どの遺伝子がどう働くのか、それが判りかけてきたのは最近です。
人間の遺伝子は2万数千と言った数です。
ゲノムは30億の塩基対からできていて、巧く折りたたまれていて目に見えない細胞の中の核にしっかり入っている。
30億のゲノムの中に2万数千個の遺伝子がパラパラと存在している。
タンパクコード遺伝子は1.5%でほんのわずかです。
ほとんどは、発生の過程で遺伝子をどう発現するか、そういうことに関わっている、発現調節に関係している。
遺伝子はヒストンと呼ばれるたんぱく質があるが、ヒストンタンパク質と一緒になってクロマチンという構造を作っています。

クロマチンがどのように働いているのかということについて、ごく最近面白いことがわかってきました。
遺伝子発現が実に巧妙なシステムで行われています。
人間の存在する環境は色々あるが、環境に応じて必要な遺伝子を発現する仕組みが見えて来ました。
環境とコミュニケーションするシステムがクロマチンにある訳です。
柔軟にできていて、環境にも適応出来れば、一つの遺伝子が何かの都合で巧く働けなくなった時にも、システム全体としては変なことにはならないでなんとか機能できる、ロバストな仕組みがある。(ちょっとした変化に鈍感なシステム)
本当にうまくできていて感心します。
どの生き物も出会った環境の変化を仕組みに取り入れながら進化してきているので、みんなすごいシステムを持っています。

愛知県出身、東京大学農学部を卒業。
中学、高校は数学が好きだったが、働き口がないということで農学部に進みました。
幾何などは好きでした。
考える事は好きだったので、1962年から66年までアメリカに留学しました。
分子生物学が発展していました。
遺伝学の大学院のコースで又我が国の研究者が遺伝番号を見付けたと話していたことを思い出します。
PHD(博士水準の学位)と子供の子育てと並行やってきて周りから関心されました。
1966年日本に帰国、国立遺伝学研究所での研究生活に入りました。
分子進化学(遺伝子の進化)、集団遺伝学の理論と結合して自然淘汰説、中立説など進化の機構を検討しようという学問分野がちょうどスタートした時期でした。
木村資生研究室では毎日議論していました。
ほぼ中立説に関しては木村先生は論理的なことを好み中立説で物事を説明しようとされた訳で、私は現実的でややこしいほぼ中立説でした。
子供は児童館がありそこから4時頃に帰ってきて、家ではそんなに長くは考えたりはしませんでした。
当時は子育てを支援する施設は少なかったが、何とかやってきました。
木村先生からは早く帰っても結果さえ出せばいいと温かく見てもらえました。
私が始めたころは分子進化学が出来たばかりの頃だったので、或る意味幸運だったと思います。
ほぼ中立説が広く一般に認められるまでにはいきませんでしたが、ゲノムプロジェクトが進んで、人とチンパンジーと比べられるようになって、一般にほぼ中立予測が当てはまると言うふうになってきたと思います。
若い人には定説にこだわらないで自由にデータをしっかり謙虚に見て、自分がどう感じてどう考えるかどのようなひらめきを得たかとか、ということを大事にして仕事を進めて行ってもらいたいと思います