2013年6月26日水曜日

奥村弘(神戸大学大学院教授)    ・被災地の歴史資料を守ろう

奥村弘(神戸大学大学院教授)       被災地の歴史資料を守ろう
地震や津波など、自然災害に見舞われた時に、家屋の崩壊や流出と共に、家庭や公民館などに眠っていた貴重な古文書や日記、あるいは民具などが水浸しになったり、破損したりして捨てられてしまうケースが少なくありません
その消滅を出来る限り防いで、次世代につなげていこうという活動を展開しているのが、歴史資料ネットワークです
阪神淡路大震災をきっかけに誕生しました
鳥取県西部地震、新潟中越地震、東日本大震災などの、地震災害だけでなく、台風や豪雨などの災害地にも出かけて、資料保全活動を展開しています

専門は日本の近代史 幕末から明治期の地域社会がどういう風に変わってゆくのかと言う事が専門  阪神淡路大震災以降 歴史の資料をどのように社会の中に活かしてゆくか、学問的に考えてゆくか と言う事で歴史資料学をもう一つの専門にしています
保存品 200箱 点数にして、5万点ある   阪神淡路大震災以前の物もある
歴史資料ネットワークを立ち上げて18年になる
歴史資料と言うと有名な人が書いた書簡、日記を考えることが多いが、地域の歴史資料と呼んでいるのは、身近にあるもの 自治会、町内会が日常的に記録しているが、そういったものが歴史的に溜まってゆくと、地域やコミュニティーを唯一する手掛かりなので、そういったものを含めている(生活を物語るもの  あらゆるものが資料になる可能性がある)
阪神淡路大震災で手押しポンプを使って水を井戸から取り出したが、そういったものも保存している

大災害に遇うと一挙に無くなってしまう  家の建て替えなどでも無くなってしまう
災害直後は、人命優先なので、資料保存のタイミングは難しい
活動をやるべきかどうか、最初は議論があった 地域の記憶をなくしては駄目だと、ボランティアが入ってきていた 最後に活動をしてゆこうという事で入って行った
最初は関西の若手 30~50人 その後増えていって100人 さまざまな形で参加してくれる人は300人ぐらいになった
水浸し、汚れてしまったりした資料の保存は? 和紙と墨は水には強い もう一度洗って、伸ばしてあげればちゃんと読めるものとして、救済できる
定着した墨は広がらないでそのまま残る

新聞、キッチンペーパーを使う事がいい あるいは一旦凍らせる(マイナス25度)、その後直接氷を飛ばす方法がある
乾燥するために直射日光は変色、劣化したりするので避ける 日陰干しは可能
人命救助が最優先なので、4日後ぐらいからスタートする
地域に住む方が残さなければいけないと、活動を早めに動くこともある
全国で20ぐらいの団体ができている 東日本大震災 宮城資料ネットワーク、福島、岩手、茨城県でも出来ている  
瓦礫の中から家族の写真、位牌、お地蔵さんとか、18年前に比べると定着し始めた

地域の歴史資料に関係するような方、郷土誌にかかわる方、自治体の職員の方と一緒にできるかが要のところであります   3~5人がチームを組むのが多い
村の中心だったところに資料は多くある  古い家、蔵のあるところ
阪神淡路大震災以後 2年単位で震度6ぐらいの地震が発生している
水害の場合は、歴史に関係する資料は 水害に強いところに置かれている事が多い
ところがここ数年間は100年間ぐらい浸かることが無かったのに、浸かってしまったという水害が多いので、活動が増えてきた
津波は今回が初めて、 海水の場合は、(カビに対して強いのではとか、紙繊維の劣化が大きいのではとか)対応を考えて研究している

写真に撮る作業をするも大事 公開出来るものは早く公開する
基本的には全て一定の修復が終われば、その地域の方のところに戻す
ふすまの下張 日常に関したものが基本(領収書とか、地域の当たり前のこととしてやっていたものの書き残しとか)  歴史資料の宝庫
はがし方が難しい へらを使う 形状はそれぞれ地域の人が考える

神戸 江戸時代には水路があった もう一遍見直して、水路を活かした街作りをしようしたときに、被災した資料から、一緒に考えたことがありました
石巻 蔵 古文書が残っていた 津波で周りは何にもない 津波の高さを示す線が残っている
どういう災害だったのか、気がついたら何も残っていないというような事があるので
安政時代 大きな津波が大阪を襲った 大阪市中の半分水没、橋が全部壊れる 
河口部分に石碑ができる 経験を伝えてゆく活動がある

歴史資料保全活動は いわば街作りの基礎の部分を作る作業と考えている
ヨーロッパでは結構ある ドナウ川が氾濫して資料が無くなるとかで、地域の資料を保存する活動
江戸時代からの古文書の数は世界でも格段に多い
歴史文化と言うものは、広い分野の方々に支えられて、初めて出来るんだなあと凄く感じている
こういう事ですよと歴史を語りかけるだけではなくて、地域の方々、市民の方が自分で書いたり、作ったりしてゆくという、そういう力が強まってきている
成熟した社会を持っているなあと感じた
70~80歳の方々、大きく生活、日常のありかたが変わっている  それをつたえたいという気持ちが凄く強くて、知らない世代に引き継ぎたいという想いが物凄く強い
深いレベルの歴史認識が社会の中でも大事だと思っています