2012年10月5日金曜日

高橋エミ(歌手)         ・映画「キクとイサム」と私の歩んだ道 2



高橋エミ(歌手)  映画「キクとイサム」と私の歩んだ道
歌は子供の頃から好きだった 或る劇団で客に歌を歌わせることが有ってそれに手を上げて、
歌ったら賞を貰って本当に嬉しかった
祖母は芸事が好きだったが、祖母は所帯を持って、芸事ができなかった 
それで私に日本舞踊だとか、タップダンスを教えてくれた(5年間ぐらい)
サミーデービスジュニアを見てタップダンスを祖母が教えてくれた
映画撮影後 水木先生が家に来るようにとの話があり、泊ったりしたりした  
土曜日、来なさいとか、夏休み、冬休みの時などにも呼ばれたりした
水木先生が歌を歌いたい子がいると言うのだけれど、ただ好きで歌わしたりしたのではよくないので どうしたらいいのかと 服部正さんに聞いたら 私では教えることは出来ないけど、弟子で吉田正がいるので彼にレッスンをして貰ったらいいのではないかという事で 中学のころに行った

吉田正 が歌謡曲専門でやっているので、良いのではないかと紹介される
吉田先生も忙しくなってしまって、高校に行くころに 江口先生(忘れな草を貴方に 
下町の太陽等)だったら1から教えてくれると言う事で基礎から教えて貰った
水木先生がオルガンを特注してくれて 稽古が出来るようになった  
一番最初は水木先生と渋谷の忠犬ハチ公の前で待ち合わせて江口先生に挨拶に出掛けた
私に合ったもので 日本の歌を歌いたいんだと思っていた(ジャンルは特になく) 
基礎を叩こんで貰いたいと思った  郷愁の有るものは良いなと思った 
自分の中で歌謡曲ではない コードが出て来る (リズムを身体の中で取っている)  
段々に膨らんでくると一つの歌が変わってくる
私が歌うと曲は変わらないんだけれど 違うみたいなものに成る 
(リズムの中にあるのかなあと思う)
演歌、歌謡曲は自分が子供の頃から好きだったものだが、ショーの中で演歌、聖者の行進が有ったり、急にガラッと変わったりした

 ダニーボーイとかの曲を歌うと 皆 はっとした眼で見る  
これも良いなあと客からも言われたりした演歌も良いと言う人もいるし半分半分だったので困った 
歌謡曲、演歌は子供のころから好きでずっと歌ってきたものだったがLPを貸してくれてその中にダニーボーイの曲が入っていてこれを歌った(耳で聞いて)
日本人なのでわざわざ英語の歌を歌う必要はないとおもっていたが、喜んでもらえるものを自分が出していかなければいけないのではないかと思った
相談して、勉強した方がいいと言われるが器用ではないので、営業と勉強は一緒に出来ないと言う  
いったんストップして没頭しないと駄目だと言った
良いジャズの先生がいると言うので、其の先生に教えて貰う(3年ぐらい  34歳頃) 
懇切丁寧に教えて貰う 歌謡曲を一切やらず ジャズばっかり勉強する
昭和51年、1976年にデビュー(29歳) オリジナル LPデビュー   
13年ぐらい先生のところでお世話に成っていたので 溜めて溜めて 12年分をだす
昭和52年 シングル盤 気まぐれヘッドライト ブルース 女酒 をだす  
キャバレーとかいろんなところで歌う

不思議なくらい楽しく いじめられることなく 歌わして貰った  
今でもお付き合いしている人達がいる
勉強する時代は収入が無く火の車だった  水木先生の教えが影響していたのか、 
お金に関係なく どっぷりする性格 で先生の性格に似ているのかと思う
今はコンサートでは歌謡曲からジャズ、ポップス、シャンソンもやる  
シャンソンは習ってとは違って其の人その人の心が自然に出てくるものだと思う
(私流で歌っている)
平成5年に祖母が亡くなり、最初近所の人がくじけないで頑張れよと、応援の為の後援会が発足する   
そして日本中の中から後援会に入ってきてくれている様になる
年に一度、北区でだれでも来られるように とコンサートを始める  
  
17年になる 段々と膝が痛むとか遠くへは行かれないので 近くでやってほしいとの要望が有り
小さい方のつつみホールでやったが そこでは入れなくなって、大きい方でとの話が有ったが 
全部埋められないと断ろうとしたが、全部埋めようと思わなくていいと言われて、 来た人が入れるように考えたらいいと言われて、ホクトピアのさくらホールでコツコツやってきた  
新しい曲を入れたいがアンケート用紙に書いてあるのが去年来て歌って、 くれたのにどうして歌ってくれないのかとか言われて、困ってしまう事が有る
いじめ、差別に関する講演依頼がある  子供達に語りかける暗さが無いのだと思う  
逞しく生きられる 感じられるのだと思う 
小学校、中学校に成って来ると 突っ張った子が出て来る
その子らは一対一ではできないが、集団になると自分がいつも気になる子を、突っつきたくなる  それがいじめの走りだと思う

今の子は陰にこもっている   決して陰にこもってはいけない  
自分がほんとうの意味で目覚めないといけないと思う いじめられている子も
唯いじめられているだけではなく、自分が口をきいてくれないから嫌だ、責めらるから嫌だ、 
お金を出せとか言われるのは辛いと思うが
自分がドンドン下向いていては駄目  言いたいことは言って前に進まないといけない  
3:1でも4:1でも自分が本気になると戦って行こうと思うと
相手も気が付く 見える其れが どんどん引いてゆくから押してくる そういうような気がする  今の子は痛さの程度が判らないので加減が判らのではないか
一人の子がいじめられてても、その子が本当に心底 死に物狂いで行ったら相手も気が付く怖さが感じる やられてもやられてもその子が前に来たら怖いと思う
その位の強さを持たないと駄目 大人になっても そういうことはあるのだから
(大人の場合はもっと陰湿なものが有るが) 

今はいろんな国の子供達がきて、変わってきている 
だけれども本質的な部分は変わっていないように思う
今年 今井監督 生誕100年 映画「キクとイサム」の上映 本も出ている   
もっともっと今井先生の事を知らないといけないと思う
私のライブの時に先生がゲストで出て、今井先生も初めて見た 
完成したものを見たことが無かった 最初から最後まで「キクとイサム」を見たと言われた
その時に良い作品なんだねと今井監督自身に言われた   
やっぱり時代の古さは感じないと自分でまたその後みて感じた  
私にとっても凄い難しい問題だと思った

私達の世代の子が死なないと終わらないのかなあと言う気がしている 
第二次世界大戦が無かったら私達みたいな子はいなかったわけだから 
日本だけだけでなく アメリカに養子に行っている子たちがいる 
エリザベスサンダースのホームの子達とか 私達と同世代の人が行っている   
そういう子たちが本当の意味で死なないと 第二次世界大戦の子たちが死なないと
 昭和は終わらないという気がしている
戦争のいろんな影響がある