上村淳之(日本画家) ・平成の四神 (シジン)を描く(初回:2010/4/10)
去年の11月に91歳で亡くなった日本画家上村淳之さんの再放送です。 藤原京から奈良に都が移ったのが710年でそれからちょうど1300年の2010年4月都の中心平城宮跡に奈良時代に重要な儀式が行われた大極殿が復元されました。 出来るだけ当時の技法を使って建てられた嵩29mの大きな建物でその内側の壁に方角の守り神朱雀、玄武、青龍、白虎の四つの神、四神の絵が描かれました。 絵筆をとったのが奈良市在住の日本画家で花鳥画で有名な上村淳之さんでした。 上村淳之さんの祖母は女性で初めて文化勲章を受章したに日本画家で美人画で知られる上村松園、父は花鳥画で有名な上村 松篁(うえむら しょうこう)さんで、やはり文化勲章受章者でした。 四神と言うと奈良県明日香村のキトラ古墳の壁画で有名ですが、上村淳之さんは平成の四神にどんな思いを込めたのか伺いました。 上村淳之さん76歳の時の再放送。
高さ29m、幅53m、奥行き29mの空間。 屋根の瓦が10万枚ぐらいある。 柱が朱で鮮やか。 下から6mのところが下場になります。 その上が上壁で寸法が1m30cmあります。 四神と周りに十二支と雲が描かれている。 ここは初めて日本の国の形が出来た、そこでの祭りごとをした場所と言うイメージを持ちましたので、神様がおおらかに優しく見つめておられるという風なイメージを持ちました。 キトラ古墳は渡来人の仕事であって日本人の仕事ではないと思っていました。 記録もないので私なりの流儀でやらせてもらいたいと文化庁にお願いしました。 最初は原画を私が描いて職人さんが描くという計画でしたが、自分で描きたいと言いました。 壁に描くことは初めてでした。 描く広さは畳1枚半ぐらいで四方にあります。
文化庁から話があったのは3年前ぐらいです。 壁があまりつるつるに仕上がっていたので塗り替えてもらいました。 四神にイメージは自分なりに工夫をしました。 南の神朱雀は目と腹の部分が赤いです。 頭の部分が山吹色で黒い筋が入っています。 羽根は表は赤くて裏はグレーです。 尾は長くて気高い感じがします。 対に描いていてポーズが違います。 片方は羽根をあげていてもう一方は下げている。 東の神青龍ですが狼が遠吠えをしているような感じ。 口がワニのような感じ。 キトラ古墳の青龍とは全く違います。 キトラ古墳にはみんな羽根が付いていますがついていません。 キトラ古墳の四神は顔が険しい表情ですが、穏やかな表情に描きたいと思いました。 北の神玄武、黄土系の色です。 亀と蛇で、亀が振り向く様に見上げて、蛇と目を合わせている。 構図はキトラ古墳と同じですがユーモラスに優しい顔に描かれている。 西の神白虎、墨絵のよんな感じ。 キトラ古墳は爪を立てて襲い掛かって来るような感じですが、襲い掛かってくるような感じではないです。 四神すべてが穏やかな感じです。
四神を描くことで3度目の壁に突き当たりました。 最初に突き当たったのが余白の部分です。(40年近く前) ヨーロッパでは鳥とか花が主役を演じている絵はないんですね。 花鳥画の鳥や花は作家の化身であります。 化身が語り掛けて行かなければいけない。 西洋では生態画になってしまう。 観察的に見てしまう。 感性の違いだと思います。 絵と言うのは夢想した世界を具現化するものであるんだと,そのものを描くことではないんだと教えていただきました。 夢想した世界なのできちんと余白が入り込める、象徴化された空間として、大切な画面として登場してくるわけです。 余白については先生は一切言わないで自分で見つけろと言われました。 或る時に3羽の鳥を描いて、後ろは霞がかかっていてその状況を描きました。 それはひょっとしたらよかったのかなと思いました。 余白は日本画の特徴です。
2番目の壁は絵が描けなくなることがありました。 或る人から仏御前の絵をみせてもらっていいなあと思って、この仏御前とシギ(鳥)を入れ替えたらいいのではと思いました。 「月に渡る」という題で一気に描くことが出来ました。
3番目は四神の時ですが、余白の部分に一切手を加えないという事です。 四季花鳥図をと言うものを作りましたが、同じ画面で冬から始まり春、夏、秋になるというものです。 季節の移り変わりを余白の部分に手を加えないでやりました。 それでやれると思ったので、また一つ壁が取れたかなあと思いました。 父は壁は3度経験したら、絵描きになって良いと、ちらっといったことがあります。 花鳥画は神が宿っている世界でないといけないと思います。