2023年10月4日水曜日

多和田悟(盲導犬訓練士・日本盲導犬協会常任理事)・育てたいのは、"人生のパートナー"

多和田悟(盲導犬訓練士・日本盲導犬協会常任理事)・育てたいのは、"人生のパートナー" 

多和田さんはこの春、イギリスに本部のある国際盲導犬連盟より世界の盲導犬育成事業における功績をたたえる賞ケン・ロード賞を贈られました。 アジアでは初の受賞です。  この道をおよそ50年、その姿は人と盲導犬の絆を描いてベストセラーとなった書籍「盲導犬クイールの一生」のモデルにもなりました。  

ケン・ロード賞は国際盲導犬連盟の共同設立者の一人でもあり、40年以上盲導犬事業にこうけんし、南アフリカ盲導犬協会のCEOを務めたケン・ロード氏の名を冠した賞です。 アジアでは初めてです。  国際盲導犬連盟という組織は、現在34の国と地域、98の団体が加盟している世界中に広がっている盲導犬育成団体の集まりです。  国際盲導犬連盟のパーティーで受賞を知らされました。  スピーチをして記念撮影をしてステージから帰って来ました。  その晩に妻に電話をして、喜んでくれて母(99歳)も同様に喜んでくれて改めて受賞を実感しました。 

滋賀県近江八幡市出身、現在70歳。 敬虔なクリスチャンの家庭で育って、大学では神学を専攻、21歳で大学を中退して、盲導犬育成の道に進む。  小中学校で本のなかで盲導犬は知っていました。 佐々木たづさんの『ロバータ さあ歩きましょう』という童話集で印象に残っていました。  佐々木たづさん自身も視覚に障害のあるかたです。  高校生のときに視覚障害になり、童話を書くことを続けたようです。 本は好きで毎日一冊読んでいました。  高校2年生の時に盲導犬を実際に牟るチャンスがありました。  夏に教会のキャンプが琵琶湖畔であり、開拓伝道をしていた塩見光雄先生(全盲)がいました。  アメリカから盲導犬を連れて帰った人で、初めて盲導犬を見ました。  

大学3年生の時に学園紛争で、ロックアウトでした。  自分でもできると思って、日本盲導犬協会の小金井訓練センターを紹介されました。  大学を辞めて行きました。  野口英世は人の役に立つから凄いと思っていました。  寝食忘れる程訓練に打ち込みました。  訓練した犬をユーザーに渡して、この犬は使い物にならないと言われたこともありました。  貴方の使い方が悪いからと、逆に怒ったりしましたが、ユーザーのいう事が正しいわけです。  辞めようと思いましたが、『ロバータ さあ歩きましょう』が出てくるわけです。  塩見先生に電話をかけて会いに行った、関西で盲導犬を作る会のことを聞いて、その人を紹介されましたが、自分には自信もなく、自分の扱った犬が役に立つとは思えなかったので、その代表の人には断りました。 塩見先生の所に行って断ったことを話しました。 塩見先生から「人はパンのみに生きるにあらずだよ。」と一言言われました。 富山に帰ってしばらく考えて、もう一回やることになり、京都で始めることになりました。

1980年代前半に、イギリスに行ってきました。 技術では自分の方が上だと思いました。  しかし、ユーザーはこんな素晴らしい犬が来た、自分は楽しい思いをしている、とか言うわけです。  3回目には学ばなければと思いました。  イギリスには盲導犬になるために生まれてきた犬がいると思うので、それを確認させてほしいと言いました。   70頭の繁殖用のオスがいました。  そのうちの1頭と歩いてみて、僕の求めていたのはこれだと思いました。  責任者(デレク・フリーマン)から、この子の子供たちはほとんど盲導犬になっていると言われました。(ゴールデン) もう一匹ラブラドールも見出しました。 この子を作る為に私はやってきたようなものだとデレク・フリーマンが言いました。 この2頭が僕と玉川太福(浪曲師)           ・を繋いでくれました。  繁殖が大事だという事がよくわかりました。 盲導犬になるために生まれてきたと思われる犬を現実に見てしまいました。 その子供をイギリスから送ってくれました。  

日本に帰って来て、白い杖の指導員を目指しました。  見えない人が歩くという事を勉強しました。  それを犬に応用しようと思いました。  自分が何をさせたいか、犬に何を求めるかという事を具体的に教えるようになりました。  人のそばにいることを喜びとする犬の訓練にするという事です。  そして訓練から、教育だなと思いました。 犬も学ぶけれど、犬から僕も学んで、又返すという相互作用のなかでやる。 エッジで止まるが、下を見て犬は止まることを判断をする、それを褒めてやることが大事です。  止まったことを褒めては間に合わない、やろうとすることを褒めてやる。 

犬が教えてくれたのは「ビー ハッピー」です。  犬は全てに対してポジティブで、悲観的にものを考えない。  彼らは常にハッピーを目指している。  一番の財産は友人達です。  今でも印象に残っているのが車椅子の友人です。 彼の奥さんが盲導犬使用者で彼と付き合うようになったんですが、彼の口癖は「なるようにしかならん。」でした。   諦めるのではない。 諦める人は後ろを見ます。  受容する人は先を見ます。     僕みたいに弱い人間は周りに支えられないと、この大きな責任を負う事が出来ない。    機能としての盲導犬がありますが、手を伸ばしたらそこにいるという存在であること、これが盲導犬の最も大切な仕事であると思います。  それを「人生のパートナー」と言う言い方をしたいと思います。 人生の質を豊かにする。  人の「人生」を豊かなものにする、そしてその人がその犬の「犬生」を豊かなものにする、そういう相互関係を築いていただける、これが僕の理想です。