2018年8月25日土曜日

大野 彩(フレスコ画家)        ・最古の画法を現代に

大野 彩(フレスコ画家)        ・最古の画法を現代に
フレスコ画家の技法のひとつ、ブオン・フレスコ (Buon Fresco)はイタリアルネッサンスのころに発展したが画法で、絵の美しさが半永久的に保たれるのが特徴です。
大野 彩さんは1967年多摩美術大学を卒業後、東京芸術大学大学院でフレスコ画を学びました。
その後イタリアに留学、ルーマニアで研修も受けました。
帰国後、美術系の大学でフレスコ画を教えながら壁画ラボを主催しています。
作品は三鷹の森ジブリ美術館の天井フレスコ画など数多くあります。

今、身寄りのない方の霊体供養のための合葬墓を作りたいと思って仕事を始めました。
募集をしたら現在夫婦で入りたいとか増えてきて、将来の合葬墓の形が出来てきていると思います。
上が古墳のような感じで、その地下がフレスコ画の制作現場になっています。
左官屋さんが壁を作っていてそこに絵を描きますが、レンガを積みたいと言うことでその準備の壁を作っています。
下絵もいくつかできています。
お寺からの要求もあり、自然のもの(花、鳥など)を中心にアサガオ状の3本の柱が立ちあがっています。
それを釈迦の三聖樹(無憂樹・印度菩提樹・沙羅の樹)に見立てて、3本の木を描きながら花を描いていこうと思っています。
2年前に始めて水対策もあり、まだ年の単位で掛かります。
フレスコは長く持って2000年とかもっと古いものもあります。

多摩美術大学では油絵を勉強していましたが、日本の風土に合わないのではないかと思っていて、芸大に壁画科があり、大きな絵が描けるということであこがれもありました。
芸大の大学院の壁画科に入りフレスコ画を描くことにしました。
砂と石灰と水を船の中で鍬で混ぜます。
コテ板にとって壁を濡らしてその壁にコテで当日分を塗り、その日の内に描いてしまう事を毎日続けるわけです。
個展を開くようにもなりました。
石灰の面白さに気が付き、どんどん深みにはまってしまいました。
1995年から96年にかけてイタリアに留学しました。
武蔵野美大でフレスコ画を教えていて、長谷川路可先生の弟子の人が教えているものと違うと言われて、本場のフレスコ画を知りたくてイタリアに留学することになりました。
私たちが知っているフレスコ画はブオン・フレスコと言ってフレスコ画の一つの種類であることが判りました。
ニコライ・サバ先生(ルーマニアから来た先生)は4つのフレスコを教えていました。

①湿式法    ブオン・フレスコ (Buon Fresco) 
乾式法    フレスコ・セッコ (Fresco Secco)
③半湿式法   メッゾ・フレスコ (Mezzo Fresco)
④掻き落とし法 ズグラッフィートまたはグラッフィート (Sgraffito/Graffito)

シルクロードの要所要所に色んなタイプがあることに気が付きました。
石灰の作り方も違う。
面白い経験をしました。(地域と時間によってタイプの違うものが沢山ある)
ブオン・フレスコ (Buon Fresco) は顔料には何もいれず水だけでといて、絵を描いて壁の化学反応によって絵の顔料を止めてもらうと言うことになります。
フレスコ・セッコ (Fresco Secco)は接着材を持ちいます。
フレスコ画は人類が絵を描き始めたころに出来たもの。
石灰岩の洞窟の中に描かれた。
人工的にはトルコの遺跡の中に雄牛の絵などがあります。(5000~6000年前)

宗教画と結び付いたのはブオン・フレスコ (Buon Fresco)の手法を確立したジョットという絵描きさんがいますが、教会に文字が読めない人にキリストの話をする為に祭壇に絵を描き
続けるわけです。
ミケランジェロも学んでヒスティーナの礼拝堂を描いています。
その日にある決まった絵を描かなくてはいけないので(時間が限られる)、大きい壁画を描く時には構想をそこに定着させなければならない。
油絵とか水彩画とは全然違います。
ある時間帯が来ると筆から顔料が壁の上に置かれる、その瞬間に入って行き、ガラス質のものが貼る感じが判るんです、それがだいご味です。

栃木県の葛生町(佐野市)が石灰石の産地で初期のころ葛生町に関するものが多い。
「栃木県石灰石工業会館のフレスコ壁画」など
新しい建物が出来るたびにフレスコ画を描かせてもらいました。
「三鷹の森ジブリ美術館の天井フレスコ画」
花、鳥、蝶、果物など沢山描かれている。
宮崎駿さんの要望がありました。
ドーム状で卵型なのでした絵を完璧に作るにはどうやったらいいか難しかった。
本作業の前には模型を作ったりもしました。
作業は猛暑の時で天井はなお暑くて大変でした。
九州のつくみ図書館
天正遣欧使節団をモチーフにという依頼がありました。
沢山資料を頂き勉強し、一つの絵をつくりました。
色んな石灰を利用して共同で作れるようにしました。
埼玉県さいたま市 健常者と傷害のある子供達と両方使えるような施設になっていて、真ん中のホールに大きな鏡があるが、鏡を怖がらないようにしたいと言うことで大きなものを前面に入れてしまって、「あなたが生まれてきたことはとてもうれしいことなんですよ」というような意味のテーマで描いて下さいと言うことで、周囲に絵を描かせてもらいました。
栃木県の葛生町の庁舎跡地にフレスコ画をという要望がありました。
色んな石灰を使わせてもらってトンネルを作りました。
未来の栃木県の葛生町を考えましょうというふうにしました。
中学生たちにフレスコ画の事を知ってもらえるように観てもらいました。

フレスコ展 最初展覧会を開いたが30人が参加、2年後には50名、その2年後には60名になりました。
仲間の交流の場として展覧会があればいいと思っています。
人と人、人と団体を繋ぐことをフレスコをきっかけにして貰えればいいと思っています。
初心者には最初薄いレンガに砂と石灰を混ぜたものを塗って筆で絵を描いてもらいます。
壁画の仕事が来た時にはみんなで一緒にやりましょうと、繋がりを作りながら壁画を作れる人達と一緒に何かが出来ていければ嬉しいと思います。
フレスコ普及協会の立ち上げが2010年12月19日で翌年3月には大震災が起こって、陸前高田の
高田松原を守る会の後に会長さんになる方がきて、避難所で話をうかがっていまでも繋がっています。
壁画の制作を去年やって、プレゼント先をその会長さんに紹介していただき小学校にプレゼントしました。