2016年12月6日火曜日

久山公明(片目失明者友の会代表) ・健常者と障害者の狭間で

久山公明(NPO片目失明者友の会代表) ・健常者と障害者の狭間で
片方の目が見えない人は必ずしも視覚障害者ではないと言う事を御存じでしょうか。
身体障害者福祉法では視覚障害はメガネなどで矯正した結果、両方の目の視力を合わせた値が0.6以下と定めています。
片方の目の視力が無くても、もう一方の目の視力が矯正して0.7以上あれば障害者として認められません。
この基準は昭和25年に法律が制定されて以来、60年以上変わっていません。
見える方の視力が0.7有れば見えない方を補って生活出来ると考えられてきたからです。
しかし片方の目が見えないために生活で苦しさを感じることは少なくないと言われます。
障害者と健常者の狭間におかれた苦しみから、3年前に団体片目失明者友の会を立上げ法律の改正を訴える久山さんに伺いました。

小学4年生の時に白内障で左の目が見えなくなる。
視野が狭まるのでグラスに水を注ぐ時に、真ん中に注いでいる様でも、右に行ったり、左に行ったりしてこぼしたり、まっすぐ歩いている様でもまっすぐ歩けなくて、人にぶつかって迷惑したり、小さな段差を見逃して転倒したり、目に見えない細かい部分で苦労させられてきました。
文字を読んだりするときに、片方の目を酷使するので肩コリ、偏頭痛等が有ります。
検査に行ったりするので、医療費もかさばってきます。
義眼を入れたりするのにも、10万円以上するので、障害者ではないと言うことで全額負担となりますので費用がかさばってきます。

小学校3年生から目の検査を始めますが、ぼやけて見えなくてその時におかしいと言う事になり、病院、医大に行きましたが、神経がやられているという事で失明しました。
当時右目は1.5だったので、それまで見えないという事に気付きませんでした。
責任を感じて母は自分の目の片方を取ってでも子供に手術してほしいと言ったそうですが、それは無理だと先生から言われて大泣きした様です。
1950年代の法律の壁が有り、障害者としては認められませんでした。
斜視だったのであだ名をつけられたり、いじめにあったりしました。
もう一方の目を大事にしなければいけないので、不安感恐怖感は強くなり喧嘩などしないで逃げていました。
いろいろと辛い中学校、高校時代を過ごしました。
高校3年生で就職活動が始まり、鉄道会社に行きたかったが、片方の目では就職できないと云われて、障害者扱いもされない、健常者扱いにもされないと言う狭間に立たされました。
就職は出来ないと言うことで、父親から大学に行かしてくれると言う事で大学に行きました。
就職時に、営業職に絞り込んで2~3社有ったので、営業職ならば実績さえあれば大丈夫だと思って飛び込みました。

営業は車が必修ですが、片目の場合でも普通免許は取れますが、一番苦労したのは狭い道路で視野が狭いので感覚が判らず苦労しました。
大雨が降っている時は視野がさらに狭くなり、白いラインを見て運転せざるをえませんでした。
障害者について社会人になったころからおかしいと思って市役所、県庁、福祉の窓口などに行って話をしましたが、国の法律を変えないとだめだとの一点張りでした。
平成25年に片目失明者友の会を一人で立ち上げる。
定年後、声を上げないとだめだと思って、インターネットで呼びかけると注目されるのではないかとフェースブックで呼びかけを行いました。
色んなところから嬉しい声がかかってきました。
新聞、TVなどを見て会員が増えてきました、440人を越えました。
主な活動は障害者認定してくださいと言うのが有り、他に当事者同士で気持ちが判りあえる場を設けた方がいいと言う事で交流会を昨年から実施しました。
9か所の支部が有ります。
交流会では周りからジロジロ見られたとか、指をさされたりとか、作業能率が悪いため悪口を云われたりとか、色々な体験談がでてきました。

正社員につく人は少ないです、片目という事を隠して正社員なっている人はいます。
就職の時点で差別が有ります。
障害者手帳が有れば障害者差別禁止法があり、安心して仕事に就く事が出来るが、片目の人は狭間に立たされて苦労して就職活動をしている人が多いです。
目の見えない人とは結婚させたくないとか、結婚などにも影響する。
若い人の会員は少なくて全体の10%程度しかいなくて、50~60代の人が会員には多いが、若い人は隠したがっているのではないかと思います。
障害者の場合は国が負担してくれますが、義眼も10万円以上と費用もかさみます、又義眼は2年に1回位交換、検査が一番ベターですが、子供は半年に一回交換されるので負担も大きいです。
交流会で一番印象に残ったのは、差別を受けて会社からもいじめにあい、仕事を辞めさせられて路頭に迷い自殺まで考えた人がいて、交流会に参加して生きる勇気を与えられたと、是非障害者認定されるように頑張ってくださいと言われて励みになっています。
障害者認定されれば、安心して仕事につける。
署名運動をしている時に、片目の人は障害者では無かったんですかと驚かれる方がほとんどでした、認めさせるべきだと励ましの言葉も頂き3万7000近くの署名をいただきました。

少しずつですが、前に進んできました。
視覚障害の基準については検討委員会が持たれるようになって、友の会の人も参加する予定になっています。
仕事、就職など差別無く安心して暮らせる社会になっていってほしい。
0.6以上見えれば普通の生活が出来るのではないかと言う、誤解した考え方で古い法律が制定されていますし、現在も引っ張っているので、そうではないと言う悲痛な声を検討委員会で発言して改善してほしいと、障害者であると言うことを力強く訴えたいと思っています。