2014年5月2日金曜日

繁野美和           ・今日も元気!86歳の人気ブロガー

繁野美和            今日も元気!86歳の人気ブロガー
ブログと言うと、自分のことや周りのことを日記の様に描き、インターネットで公開するものです。
ブログを書く人をブロガーと言います。
繁野さんは昭和2年生まれの86歳、60歳からパソコンを習い始め、4年前から美海(みみ)、と言う名前でブログを書き始めました。
ブログでは繁野さんの幼いころのこと、戦前戦後の事、夫を亡くした後の一人暮らしの事等様々なことを書いています。
繁野さんは離れて住んでいる家族や友だちに自分の近況を知らせたらと言う想いで、はじめたんだそうですが、今では多くの知らない人とつながることがとっても楽しいと言っています。
いつも若々しい繁野さんに伺います。

多くのファンがいらっしゃる。 「気がつけば86歳」がタイトル
4年前からやっている。 纏めたものを出版した。  「毎日がハッピー、毎日が宝物」
コメントしてくれるのは日に4,5件、ランキングで上位になったり、時たま1位になったりすると吃驚しました。
高齢の方が随分読んでくださっている。
年齢は忘れています。 足腰が痛かったりすると、歳を感じますが、自分で、えっと、86歳になっちゃったのとかという感じ。
鏡を見て、えっ是誰と言う感じです。
ホームページは作るのが厄介なので、ブログが始まってきて、容量制限なし、ただ書けばいい、この簡便さに惹かれました。
自分の世界がそこで作れる、手書きはめんどくさいし、いつでもさかのぼってみられると言う事が非常に魅力でした。

家族が近くにいるし、遠くにもいるので、心配していることは分かっているので、ブログを見てくれれば、元気にしていることは分かってもらえる。
親戚、友人、も全国に散らばっているので、メールを送るより、これを見てよと言った感じで、そういうメッセージを送っています。
他人については立ちいったことは絶対立ち入ってはいけないと思います。
気持ちの良いことだけを書いている。
昭和時代の服装、髪形、小学校の運動会、デパートの事、昭和時代の内容が多い。
三国同盟の前の平和な時代、楽しい思い出がいっぱいあります。
昭和初期の戦争のはじまるまでの間は、庶民がどんな服装をしていて、どんなことをしていたのか、TVで見て居ても違和感を感じる時がある。
残しておきたいと思う事を、書いてみたくなった。

戦争体験も書いている。
女学校の2年生の時に、日米戦争が始まる。  
勝った勝ったと言うが、父親などは恐怖感を抱いていた。
ラジオで聞いていると、子供としては高揚感はあった。
昭和初期の華やかだった時代から、ドンドン緊縮されてきて、全てが禁止、禁止、本もこんな本は読んではいけないと締め付けが厳しくて、軍人が威張っている時代で、子供心にあんまり楽しくなかった。
空襲がある、勉強も出来なくなって、学徒動員で、工場にいって、深夜業もやる、くたくたになった生活、そういう事をやっていて、先に希望の持てない時代だった。
小学校2年生で戦争がはじまり、その後京都の学校にいって、3月に入って12月まで勉強して12月に学徒動員で、工場生活でした。
着の身着のままで汚い服で寝たりしていた。
本当に苦しかったのは終戦までだった。 
苦しかったが、それはを体験したことはそれで良かったと思う。
私にとってはプラスだった、クラスメートの生き方を見ても、皆さん強いです。

幸せって、本当はどちらが幸せかなと言う事は、絶対戦争をしてはいけないと言う事はありますが、其苦労は、自分たちの味方には成ったと思います。
赤紙が来ない時代、徴兵されない時代、言論統制がされない時代、これは本当に貴重な事、絶対守らなくてはいけないと思っています。
勉強も出来ないと初めて分かった時に勉強をしたいと気持ちがわくのだと思います。
活字が読めない辛さはその時に本当に感じました。
趣味、生き甲斐、 年齢を忘れる趣味の時間
洋裁、編み物をやって創造力を満たしていました。
昭和初期は女の子はお稽古ごとをするのが当たり前だったので、日本画を習いましたが、戦争が激しくなると、ストップして、結婚、子育てが終わって、油絵を描きたい、人形作りがしたいと思い、最初人形を造るために、絵を習いに行った。

絵を描きだしたら面白くて仕方がなかった、55歳ぐらいからだった。
絵は段々巧くなって、年数がたって、しかし今描けない初期のものもある。
絵は技ではない、心だと先生はおっしゃる。 自分の気持ちをぶつければいい。
月に3回先生に習っている。
膵臓癌で10年前に亡くなって、その間、夫と二人で楽しく暮らしました。
家族がお母さん早く絵に行った方がいいよと言われた。(家族は心配したようだ)
夫を亡くして、本当に悲しい、辛いことでした。
絵をやることに依って心が癒されました。 
いい先生、いい仲間に恵まれて本当に幸せだと思いました。

パソコンのネットにはいっていて、いいのは全国に友だちが広がっていて煩わしさがない。
気持ちを自然に通じ有って聞いてもらえる。(夫が亡くなってから助けられたと思います)
60歳ごろにパソコンを始める。
夫はパソコンとゴルフが好きだったので、パソコンとゴルフを始めた。
ゴルフと車の運転は性に合わなかったが、夫に2年前まではやっていた。
絵の関係でネットの広がりが大きくなった。
アーティスト向きのパソコンを使って、夫とは別の専用パソコンを使用した。

元気の秘訣?  自分ではわからない。
海外旅行へは行かないし、贅沢はしないし、年金生活で十分ハッピーな生活はできる。
肉体的には食事、栄養は気を付けている、運動はあまり好きでは無いが、心して散歩しなくてはいけないと身体を動かさなくてはいけないと思って、出来る範囲で心がけている。
人との繋がり、おしゃべりをすることが元気な秘訣だと思います。
ネットのつながりで、遠くの友だちとも電話で話ができるので、気が付くと2時間話してしまったりする。
これからやりたいことはいっぱいある。  本を読みたい。 新しい知識を優しく書いてあるもの。
(宇宙、素粒子、ひも理論の事など)
好奇心だけです。
油絵から水彩をやり始めたが、難しいので、自分の思う様にもうすこし書きたいと思っている。