吉澤昌(認定NPO法人副理事長 サッカー・コーチ) ・スポーツ明日への伝言「みんなでやりたくなるサッカーを!」
ヨシと呼んでもらってます。トラストスと言うのはポルトガル語で足跡と言う意味になります。思い出を足跡と捉えてトラストスにしました。2003年から任意団体として活動を開始しました。自分が活動している団体は少なくとも月に18回でしたが障害の団体では月一回でした。雨になってしまうと2ヶ月3ヶ月に1回になってしまいます。トラストスを立ち上げるときにはできるだけ回数を多くしようと考えました。年齢制限もありませんし、運動能力の差とかは考えずに一緒にやろうとしました。場所は東京、神奈川中心です。
私は昭和50年生まれです 東京出身です。サッカーは中学校に入って部活動を開始しました。きっかけは兄がサッカーをしていました。目の見えない子供たちのサッカーをしている番組がありました。今で言うブラインドサッカーです。 目が見えなくても、できるんだと言うことに衝撃を受けました。そして、指導者の道に進んでいきました。指導者としては、Jリーグのトップチームの下部組織の指導も行いました。(4年ほど) 介助員と言うアルバイトがあり、その時に知的障害、自閉症を知ることになりました。今で言う特別支援学級です。
当時中学3年生で自閉症で登校拒否の生徒がいました。その子がサッカーが好きって言うことを聞いていました。サッカーで何とか学校に出てくるようにできないかなと考えました。それを見に来るようになって、そのうちに学校に来るようになりました。その時の彼らと一緒にあるサッカーがものすごく楽しかったです。
中学校の体育のサッカーは僕も一緒になってサッカーして一緒になって喜んだり残念がったりしてましたが、夕方以降は自分自身が笑って指導しないと言うことに気づきました。夕方以降はJリーグのトップチームの下部組織でコーチをしていました。どっちが自分のやりたいサッカーなんだろうとすごく迷いました。知的障害のある子供たちとやっていく機会を作っていこうと思いました ミツコーチと話し合って、サッカークラブを作っていこうと話し合いました。
それから20年以上経ちました。
*高橋優さんの「福笑い」 作詞:高橋優,作曲:高橋優
「あなたが笑ってたら、僕も笑いたくなる」 と言うのは、まさにに僕の中学校の時の思いです。自分たちが主役なって動いてもらえるような形のものを提供していきたいと言うところから、「やりたくなるサッカー」と言うことをモットーにして活動しています。お手本があるわけではなかったので、いろいろ考えて試行錯誤して活動してきました。
ルールから入ってしまうとつまらなくなると思いまして、ルールは後からと言うふうにしました。本人の居場所と言うことを大事にしている部分です。サッカーを通して日常が豊かになっていくようにしていくのが僕らの役目だと思っています。僕らは一緒になりたいと思っている。遠ざけることだけはしたくないと強く思っています。 彼らがどうしたらやりたくなるのか、やってくれるのかなあとそういったところを探ります。 やっていて、よくも悪くも裏切られる瞬間がありまして、そっちかぁと思ってました。 そういった経験が続くと、僕たちも当然引き出しが増えていきます。現場で子供たちと駆け引きする瞬間が結構楽しみなところがあります。 本人だけではなくて、彼らはお家の方が連れてきてくれるので、お家の方々が本人の様子を見ている。 お家の方々に喜んでもらえるということがすごく大事なことです。
トラストスの活動の中にFC東京との連携でJリーグの試合を見に行ったりと言うこともあります。光とか音が苦手なお子さんいます。 苦手な音も多種多様です。(聴覚過敏) 最近は、FC東京のホームゲームの運営の所のスポーツボランティアの人たちが入っていますが、そこにトラストのメンバーも一緒に参加してもらったりもしています。ボランティアとして支える側にも回っています。「ありがとう」と声をかけてもらえると、彼らもにこっとするんです。 彼らと共感できる楽しさも味わえることができました。
トラストスが、彼らの居場所になってくれればいいと思ってましてその中でサッカーが好きと言うものでいいと思ってます。 活動拠点を増やしていきたいと言うことと、もっと身近に楽しいスポーツを感じてもらうと言うことを広げていきたいと思います。