頭木弘樹(文学紹介者) ・〔絶望名言〕 物理学者 アルベルト・アインシュタイン
アインシュタインは1955年4月18日に76歳で亡くなりました。 今年が没後70年になります。
「誰もが自分を知っているのに、本当に知っている人はごくわずかしかいない。」 アインシュタイン
20世紀最高の物理学者と評されノーベル物理学賞も受賞しています。 ドイツ生まれのユダヤ人でスイスの大学を卒業後、特許局の技師として働きながら研究を続け、画期的な論文を発表、ナチスから逃れてアメリカに渡りプリンストン高等研究所の教授に就任しました。 生まれたのは1879年(明治12年)
チャーリー・チャップリンの「街の灯」という映画のプレミア賞にアインシュタインが招待されて、その時にチャップリンが以下のようなことを言った言葉が有ります。
「みんな私のことは理解しているからはやし立てる、そしてあなたのことは誰も理解していないからはやし立てる。」 チャップリン
誰も自分と言う人間のことを本当には理解されていない。
「私が一番不思議なのは宇宙が理解できることです。」 アインシュタイン
「言葉をしゃべり始めるのが遅かったので、両親が心配したのは確かです。 それで両親は医者に相談することまでしたのです。 その時わたしは幾つだったかは判りません。 ただ3つになっていたのは間違いありません。」 アインシュタイン
アインシュタインは生涯に渡って言葉でものを考えなかった。
「言葉で考えることはめったにありません。 考えが浮かんできてそれからそれを言葉で表現するのです。」 アインシュタイン
アインシュタインは記憶力もあまりよくなかった。 身体もあまり丈夫ではなく、22歳の時の健康診断で兵役義務を免除されている。 胃も丈夫ではなくて酒も飲まずに菜食主義です。
「大事なのは疑問を持つのを辞めない事です。 永遠なるものの生命の実在の驚くべき構造の神秘を観察するとき、恐れ敬わずにはいられません。 毎日この神秘を少しでも理解するだけで十分です。 決して神聖な好奇心を失ってはいけません。」 アインシュタイン
「こうも確信しています。 精神的なものからもっとも純粋な喜びが得られるのは、そういうものが生計と結びついていない時だけだ。 」 アインシュタイン
「嘘に欺かれたことのないものには幸せの意味が判らない。 」 アインシュタイン
「涙と共にパンを食べたことがないものには人生の本当の味は判らない。」 ゲーテ
アインシュタインは大学卒業後、大学に残りたかったが残れなかった。(教授に嫌われていた。) 他の大学にも行けずに、友達の紹介で特許局に行くことになる。 特許局に務めている間に重要な論文を5つ発表する。 その中に特殊相対性理論も含まれている。(1905年 26歳)
「この理論がこの分野の同業者の間でこれほど早く注目されるようになったのは主にプランクが決然と熱心にこの理論を支持してくれたおかげです。」 アインシュタイン
家庭の方が上手くいかなくなる。
「結婚とは偶発的小事件から何か永続するものを作り出そうとする成功しない試みだ。」アインシュタイン
アインシュタイン自身が上手くいかなく離婚することになる。(16年間)
「夫の無作法は天才だとみなされますが、私の無作法は無教養だとみなされます。」 エルザ(再婚相手)
アインシュタインは音楽が好きだった。 自分でヴァイオリン、ピアノを弾いている。 特にモーツアルトが好きだった。 文学も好きでドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」など絶賛している。 カフカの作品には理解を示さなかった。
「何故少数の人たちがおびただしい数の国民を動かし、彼らを自分たちの欲望の道具にすることが出来るのか。 戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに。 何故彼らは少数の人間の欲望に手を貸すような真似をするのか。 国民の多くが学校やマスコミの手で煽り立てられ自分の身を犠牲にしてゆく。 このようなことがどうして起こりうるのだろうか。 答えは一つしか考えられません。 人間には本能的な欲求が潜んでいて、憎悪にかられ相手を絶滅させようとする欲求が、憎悪と破壊と言う心の病に侵されないようにすることが出来るのか。」 アインシュタイン
アインシュタインが精神分析医のフロイトに出した手紙です。 ( 1932年 53歳) 翌年にドイツでナチスが政権を握る。
「私は人生の中で一つ大きな間違いを犯しました。 原子爆弾を作るようにルーズベルト大統領に進める手紙に署名したことです。 」 アインシュタイン
ナチスドイツが原子爆弾の製造に取り組んでいて、成功する見込みが高いと言われる。 ナチスが原子爆弾を手に入れると世界中がナチスに・・・。(よく聞こえず) それを恐れていた。
「ドイツが原子爆弾の製造に成功しないと知っていたら、私は指一本動かさなかったろう。」 アインシュタイン (原子爆弾が日本に落とされ深く後悔する。)
「私の平和主義は本能的な感情です。 この感情が私を捉えるのは、人々を殺すことがむかむかするほど厭だからです。 戦争の理由が何であれ、私は戦争への奉仕は直接的なものも間接的なものも絶対に拒否するし、同じことをするよう友人たちを説得する。」 アインシュタイン(1929年 フロイトへの手紙に前)
「私の考えでは戦争で殺すのは、普通の殺人を犯すに比べてすこしもましではない。 良心に逆らう事を決してするな。 例え国家が命じても。 第三次世界大戦がどのように行われるのか私にはわからないが、第四次世界大戦で何が使われるのかお答えできる。 石だ。」 アインシュタイン
「前途には、もし私たちが選べば更なる幸福、知識、英知の増進がある。 それとも私たちは争いを忘れることが出来ないために、反対に死を選ぶのだろうか。 私たちは人間として人間に訴え、自らの人間性を忘れるな。 そしてほかのことは忘れよと。」 (ラッセル、アインシュタイン宣言 アインシュタインの遺言のようなもの)
「成功した人間になろうとするな。 むしろ価値のある人間になろうとせよ。」 アインシュタイン
「どれほど仕事に打ち込んで富を築いていたところで、人類を前進させるのには役立ちません。 モーゼやキリストやガンジーがお金をいっぱい持っていろんなものを買いあさっている姿を想像できますか。 」 アインシュタイン
「本当に価値のあるものは野心や義務感からではなく、人間に対する愛情や献身から生まれます。 私のゆくてを照らし前向きに人生に立ち向かう勇気を与えてくれたのは、親切心と美と真理でした。」 アインシュタイン
「他の人の喜びを喜び、他の人と共に苦しむ事、これが人間にとって一番の指針です。 人間の最も重要な努力は道徳的に行動しようと努める事です。 私たちの行動が道徳的であることだけが、人生に美と尊厳をもたらすことが出来るのです。 」 アインシュタイン
「自主的に考え判断する事の出来る独創的人格なくして、社会の上向きの発展が考えられないのは養分を与えてくれる社会と言う土壌無しに、個人の人格の成長が考えられないとの同じである。」 アインシュタイン
「後世の皆さん あなた方が今の私たちより公正に平和的になっておらず、もっと分別を持っていないのなら、悪魔にさらわれてしまいますように。 敬意をもってこの心底からの願いを表明している或いはいたのは、アルベルト・アインシュタインです。」 アインシュタイン