井上さやか(奈良県立万葉文化館) ・〔歩いて感じて万葉集〕 山の辺の道~前編・桜井ルート
万葉集と呼ばれている歌集は、現存する最古の和歌集といわれています。 全20巻で出来ていて歌の数は4500以上です。 近畿の歌が当時都の有った場所という事で多いと思いいます。 天皇が詠んだ歌もありますし、防人、東歌と言った歌なども入っていて、様々な階層の歌が入っています。 当時は片仮名や平仮名がない時代ですので、全て漢字で書かれている。
山の辺の道は昔懐かしい自然を楽しみながら歩くコースにもなります。 古墳群、古い神社、お寺、遺跡もあります。 海柘榴市(つばいち)は山辺の道の南の起点。 古代には飛鳥や難波に向かう道が合流する交通の要所で、わが国最古の市とされる海柘榴市が開かれ賑わった。 春と秋には男性と女性が集まって即興で歌をかけあって、歌がきと呼ばれる風習が当時ありました。(結婚相手を探すような風習)
男性から女性へ
「 紫は灰さすものぞ、海石榴市(つばいち)の、八十(やそ)の街(ちまた)に逢へる子や誰れ」
女性が答えるのが
「 たらちねの、母が呼ぶ名を、申(もう)さめど、道(みち)行(ゆ)く人を、誰(た)れと知りてか」
男性の意味 紫は古代ではとても高貴な色として知られていました。 紫の色を出す植物で草木染してゆくときに、触媒として椿の灰の汁を入れるとよいと言う知識が踏まえられています。 紫色を凄く鮮やかに出すのには、椿の灰の汁を入れるものだよとまず言って、女性を美しい紫色に例えている。 あなたは非常美しいけれども、そのままだけではなくて自分を受け入れるとさらに美しく輝きますよ、と言うような意味合いです。 要は求婚しています。 八十(やそ)の街(ちまた)で出会ったあなたの名前を教えてください、と言っています。 本名と言うのは当時は魂と同じ重さで、本名を教えるという事は魂を相手に渡すような、信頼した相手にしかしない行為だというのが当時の風習です。 名前を答えたら結婚はOKという事になったようです。
女性の意味 当時は基本的には女性が家を守って、 女性がいる家に男性が通っていきます。 結婚を願うのはそのお母さん。 母が呼ぶ(私の)名をお教えしたいけれども、通りすがりの人が誰かは分からないのでお教えできませんことよ、と断っています。 微妙で一度断るのが礼儀だと言う様な言い方もされています。 歌のやりとりでお互いの情報を知ってゆくような、そういうやり取りをしていたのではないかと言われています。
日本ではこういった風習はなくなりましたが、中国の少数民族の間では歌がきの風習は現代まで残っていて、当時は東アジア全域にこういった風習は有っただろうと言われています。
通い婚で一夫多妻制であったので、 どこの誰かと確認しないと訪ねていけないわけです。 機知に富んで歌が上手くないと持てないだろうと思います。
大神神社(おおみわじんじゃ)
「うまさけを三輪の祝が斎ふ杉手触れし罪か君に逢ひがたき」
丹波大女娘子 ( たにはのおほめのをとめ)が詠んだ恋の歌 「うまさけ」は「味酒」と書いてあるが、美味しい酒と言うのが三輪にかかる枕詞に使われている。 三輪は神様のことを指さす言葉でもある。 酒そのものも三輪と言うい方をされています。 お酒を入れる器自体も三輪と言う言い方をしていたと考えられています。 杉の御神木に手を触れてしまった。 その罪であなたに会えないんでしょうか、と言う恋の歌です。 大神神社は古事記にも記されている日本最古の神社の一つです。 ご神体が三輪山です。 拝殿はあるが、本殿はない。(山そのもの) 三つ鳥居の独特な鳥居があり三輪山を拝すという形になっています。 三つの鳥居を横に並べたような鳥居。 大物主を祭る神です。 国土を形成するときに重要な役割を果たす神様。 疫病退散の神としても信仰を集めている。 縁結びの神としても知られている。
大和三山が見えますが、 香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)の三山をいいます。
額田王の歌碑
「味酒三輪の山あをによし奈良の山の山の際にい隠るまで道の隈い積るまでにつばらにも見つつ行かむをしばしばも見放けむ山を心なく雲の隠さふべしや」
この長歌の一番言いたいところは、三輪山を隠さないでほしいという事ですが、それを繰りかえすように反歌が付け加えられている。
「三輪山(みわやま)を、しかも隠すか、雲(くも)だにも、心あらなも、隠さふべしや」
三輪山を隠さないでほしいという反歌。
三輪山が見えなくなる、違う場所に行ってしまうという事を嘆くというのは、三輪山がいかに大事な山として認識されていたか、いにしえの人にとっては象徴的な山として認識されていた。
日原神社は大神神社の摂社?で大神神社と同様に本殿はなく三つ鳥居があります。
「いにしへに、ありけむ人も、我がごとか、三輪(みわ)の桧原(ひはら)に、かざし折りけむ」
神聖な三輪山のひのきを髪にさすことで、パワーが自分の身に付く、植物のパワーを貰うという感覚が当時の人にはあったようです。
穴師山
「巻向(まきむく)の、穴師(あなし)の山に、雲(くも)居(い)つつ、雨は降れども、濡(ぬ)れつつぞ来し」 (男性から女性へ) 雨が降るのに濡れながら来たよと歌いかけた。
「ひさかたの 雨の降る日を わが門(かど)に蓑笠(みのかさ)着ずて 来(け)る人や誰(たれ)」 (女性から) ひさかたのと言うのは雨とか天とかにかかる枕詞。 私の家の門に蓑笠もつけずに来ている人は誰ですか、と聞いている歌になる。