2022年1月1日土曜日

田中陽希(プロアドベンチャーレーサー)・三百名山の先に見えるもの

 田中陽希(プロアドベンチャーレーサー)・三百名山の先に見えるもの

NHKのBSで放送しているグレートトラバース3、日本三百名山一筆書きですが、プロアドベンチャーレーサーの田中さん、去年の8月に北海道の利尻山でゴールを迎えました。   2018年1月1日に屋久島をスタートしてから3年7か月 1310日をかけてのゴールでした。 田中さんは1983年埼玉県生まれ。  6歳の時に北海道富良野市へ移り住み、小さいころからスキーに親しみました。   学生時代はクロスカントリースキーの全日本学生選手権で優勝したりもしました。   卒業後アドベンチャーレースの世界に飛び込んで、日本を代表するアドベンチャーレーサーとして活躍してきました。  2014年にNHKBSで百名山、2015年に日本二百名山の人力踏破に成功し、今回はそれに続くものでした。   田中さんに三百の山を歩く中で考えたこと、そして新年を迎えての新たな目標を伺ました。

8月2日の三百名山を終了して、緊急事態宣言が10月に解除されてそれ以降は全国各地に飛び回りました。  車に乗った時が旅が終わったと感じます。   百、二百名山を達成した時には達成感、安堵感がありましたが、三百名山達成には膨大な時間がかかり、余りにも長かったために、余りにも大きなことが起きたために、嬉しいんですが手放しでは喜べないという感じです。   百、二百名山の時には時間を気にしていて、登頂が第一優先でありましたので、駆け足で登ることが多かったです。   一日平均50kmがまず基準になっていました。   百、二百名山ともに7か月ぐらいで終えました。   ルートから外れたちょっと寄りたいところなどによる余裕はなかったです。  三百名山の時には移動距離を平均30kmにしましたし、悔いの残らない旅にしようと思いました。   

歴史を知ることも山を知ることの一つの大切な部分だなと思い勉強させてもらいました。 三百名山は以前のものよりも標高が低いんですね。   聞いたことのない山がいくつもありました。   印象的だったのが京都の愛宕山です。    年に一度の千日参りの日に合わせて登りました。  その日に登ると千日分のご利益がもらえるというものです。  山に登ると、自然と挨拶をして、コミュニケーションが生まれたりします。   千日参りでは下山する方から登って行こうとする人に対して「ようお参り」と言葉をいただきます。   そうすると「ようお下りやす」と返します。    千日参りだけでなく、タイミングを掴むのもの逃してしまうのも自分次第だと思いました。   島根の三瓶山に登った後に地震がありました。(4月9日)     宿泊した宿も半壊状態になりました。   2階に寝ていて夜中の1時ごろで、スリッパを履いて飛び出したのは冷静でした。(ガラスが散乱)  自分のなかでは留まるべきと思っていましたが、留まるべきか、行くべきか迷いました。  おかみさんなどから、「挑戦を続けてください 気持ちだけは受け取ります」と言っていただきました。  

2018年8月2日にけがをしてしまいました。  蓬莱山(蓬萊とは元来中国の伝説で仙人が住む東海にある霊山であり、比良山地も修験者の霊山であったことに由来するとされる)から降りてきて子供の遊具のある場所で遊んでいて2時間ぐらいオーバーしてしまっていて、下山を始めたら雨が降ってきて、ふもとのキャンプ場に泊る予定でした。  時間がなく駆けながら降りてきたら足を滑らして右手の薬指を骨折してしまいました。   病院に行って翌日には武奈ヶ岳に登りました。   

2019年梅雨の時期、中央アルプスを登り終えて、静岡県に入ってきて、高塚山へ登ろうとしたときに、24泊25日間そこに留まり続けました。   南アルプスの入口の人がほとんど入らない自然の残る場所です。   山形県酒田市では緊急事態宣言でまる3か月停滞しました。   空き家を紹介されて悩みましたが、留まる事になりました。  不安定な気持ちにはなりました。  山菜を頂いたり、子供たちが来て質問に来たり地元の人との交流があり救われて行きました。   出発する日には地元の方々20人程度の人に笑顔で送っていただきました。   

色々経験させていただいて、挑戦をすることに意味がありますが、挑戦を無事終えられて、アドベンチャーレーサーとして再開したいと思っています。   アドベンチャーレーサーはチームレースで世界中を駆け回ります。  男女混成のチームという風に決められています。   500~600kmを1週間ぐらいのタイムレースになります。  4人一組で渡された地図に従って、チェックポイントを経由しながらゴールを目指すというタイムレースです。    スタートからゴールまで不眠不休というようなレースもありました。  チームで協力しながら乗り越えられた感動、達成感は一人の時とは違うものを感じます。  三百名山での挑戦では一から十まですべて自分で判断し、決断し、行動して、結果を得て次に生かしてゆくという事をすべて一人でやってきたので、その経験をチームにより正確に伝えることができるし、共有することもできるので、予期しないことが起こっても経験が生きて来ると思います。  離れたことによって、自分がどのようにチームに依存していたのかとか、仲間がいることの大切さも気づきました。   チャンスを待っているだけではだめで自分が自発的に何か行動を起こして、それが失敗するかもしれないが、情熱をもって挑めば周りが手を差し伸べてくれたりします。