2022年1月27日木曜日

金子信久(府中市美術館学芸員)     ・【私のアート交遊録】へそまがり日本美術

金子信久(府中市美術館学芸員)     ・【私のアート交遊録】へそまがり日本美術 

府中市美術館は江戸絵画から近現代美術まで幅広いテーマで展覧会を開いていますが、中でも恒例の春の江戸絵画祭りのシリーズでは、可愛い江戸絵画など既存の美術史にとらわれないユニークな企画が人気を集めています。  その府中市美術館が2019年に「へそまがり日本美術」と言う本を出しました。   そこには素朴、稚拙、へたうま、決してうまくはないけれども、綺麗とは言えないけれども、何故か心惹かれる作品の数々が並んでいます。  不可解さで人を引き付ける禅画、わざと緩い味わいを出すような俳画、あるいは江戸時代の禅僧白隠仙厓のぶっきらぼうな絵など中世の禅画から現代のへたうま作品までへそまがりな感性の作品が並んでいます。   何故日本人は効した決して綺麗とは言えないものに魅力を感じたり、不完全なものに心惹かれるのか、日本美術に関心が高まる今、日本の美術史に点在するへそまがりな感性が生んだ作品を通して日本美術の新たな味わい方、楽しみ方方などについて伺いました。

「へそまがり日本美術」と言う本は最初から図録兼書籍として出版しようと考えていました。   コンパクトな図録は喜ばれるので、真四角のかわいらしい図録にしました。  開きやすいように工夫しています。   楽しんでいただけるように編集を工夫しました。数年前に「日本おとぼけ絵画史 たのしい日本美術」という本を出して、その前書きでへそまがりの感性という言葉を初めて使ってみました。  そこから発展させたのがこの「へそまがり日本美術」の展覧会でした。   「へたうま」の日本美術の本を作りませんかと編集者から話がありましたが、「へたうま」という言葉は1970年代のイラスト、漫画の世界で出てきた言葉で日本美術を「へたうま」でくくるのはちょっと難しいと思いました。  現代の「へたうま」と共通するものが日本の美術をさかのぼってみると沢山あったという話です。   水墨画の禅画とか、俳句の世界の俳画、文人画、伊藤若冲や曽我蕭白など有名な人たちもへそまがりな感性に基づく絵を描いているわけです。   日本美術の中の大事な一面ではないかと思います。   狩野派も琳派も完成された世界と言っていいと思いますが、何故か日本の人たちはそういうものではないものにも何故か心を惹かれてきた。 

「へそまがり日本美術」には138点が取り上げられています。   禅そのものがへそまがりの世界かもしれません。   江戸時代の臨済宗の禅僧 白隠、仙厓の描き方は凄く型破りです。  うまい下手は人間の単なる一つの物差しに過ぎないのではないか、もっと価値っていろいろあるだろうと、いう事だと思います。  南画、文人画ともいわれるが、正当な美術を否定するという点では禅画と並んでいる。   純粋さを追求するために、取った手法はわざと素朴に描くという事です。   岡田米山人は大阪の有名な文人画家ですが、この人の寿老人画と丸山応挙の描いたものと比較すると応挙の方は姿形が整っていて描き方も完璧です。  米山人のは形の表し方がぶっきらぼう、輪郭もいびつで、目つきも悪いです。  朴訥な描き方の中に自分の俗ではない、高みを表現している。  若冲、長沢芦雪、曽我蕭白、歌川国芳なども入っています。   作品全部がへそまがりというわけではなくて、へそまがりを発揮した作品があります。  若冲の伏見人形などがそうで素朴さを強調しているような描き方をしている。      芦雪(丸山応挙の弟子)の作品に菊花子犬図というのがありますが、可愛いらしい。  応挙は写実的で利口そうな犬に見えるが、芦雪が描いた子犬はわざと一匹一匹をだらしない、やんちゃな感じに描かれている。 国芳の「荷宝蔵壁のむだ書」 蔵壁に歌舞伎役者の似顔絵が落書きされていて、それを写真に撮ったような絵で、写実的な絵を描くが、落書きの下手さをリアルに再現している。   

禅画は常識を超えたところに価値を求めるという事があると思います。  文人画は大衆、世俗を越える、自分は違うぞというそれを表現する事でもあるので、明確なポリシーがあります。  若冲、長沢芦雪、曽我蕭白、歌川国芳の場合にはありきたりの美術の魅力の物足りなさ、人間の欲深さから生まれたのではないでしょうか。

将軍のへたうま絵  「へそまがり日本美術」の本の表紙にもなっている家光のウサギを描いたもの。  大変な人気です。 

萬鉄五郎の「裸体美人」 人を吃驚させるような描き方。 「へそまがり日本美術」の方には「軽業師」が入っていますが、作品を見ると笑ってしまいます。  萬鉄五郎もへそまがりなんだろうなあと感じます。   

今年は「寅」年ですが、十二支で一番描かれていて魅力的な題材だと思います。  江戸時代は虎を実際に見たことはないと思いますが、中国、朝鮮からの虎の絵をもとに自由に想像して描けるので色々な虎があって江戸時代の虎は面白いですね。  仙厓さんの描く虎は傑作です、一言で言って愉快です。  仙厓さんはわざと虎を猫のように描いて、虎と猫の違いってあるのないのと、問いかけをしているんじゃないかと思います。  いろんな感じ方を自由に作品を前にしてゆくことの方がもっと美術を楽しめるのではないかと思います。