2020年10月12日月曜日

松本好二(ボクシング 松本圭佑選手の父)・【アスリート誕生物語】

松本好二(ボクシング 松本圭佑選手の父)・【アスリート誕生物語】 

アマチュアボクシングからプロに転向し8月のデビュー戦を4回テクニカルノックアウトで勝った松本圭佑選手のお父さんです。  元プロボクサーで現在大橋ジムでトレーナーとして2人の世界チャンピオンを育てた松本浩二さんに伺いました。

デビュー戦の第一ラウンドで30秒ぐらいでダウンしてしまってびっくりしましたが、4回テクニカルノックアウトで勝って一安心しました。

川嶋勝重選手、八重樫 東選手の2人の世界チャンピオンを育てました。

圭佑は肉体的才能、運動神経には恵まれていたと思いましたが、実際に試合をしてやらしてみないと分からなかったです。  最初は幼稚園の時にやらせてみたが、嫌がってやらなかったですね。

元々泣き虫だったので心配ではありました。 

小学校3年生の時からちゃんと始めました。 ストレスからか脱毛症になって病院に行ったが、薬を塗ったりしていたが、進展はありませんでした。  夏休み期間だけボクシングをやろうと誘いました。

思ったより泣き言を言わないでやり切りました。 

いつ辞めてもいいんだよと本人には伝えるんですが、本人が成長して来てしまってチャンピオンを目指したいという夢が本人にできてしまって、無理やり辞めさせるわけにはいかなくなっている状態です。

本人がどうしても試合に出たいと言い始めたのは小学校3年生の終わりごろでした。

実際に小学校3年生の終わりごろに試合をしました。  相手はもう何試合かしていて、はたして大丈夫かなと思いました。  判定で勝ってしまって吃驚しました。

マスコミにも話題に乗るようになり映像に子供の成長が残ってくれるという事に関しては凄くありがたかったです。

オリンピックを意識し始めたのは、マスコミも東京オリンピックに向けてホープとして取り上げてくれることが多くなったこともあったので、その辺ですね。

親としてはボクシングだけというわけにはいかないと思って、学力相応の高校をピックアップして受けさせました。  すこし学校で練習してからジムへ移って来てもう一回練習することを3年間続けてきました。

僕がトレーナーになって初めて育てた世界チャンピオンは川嶋勝重選手で、僕が入ったときには日本ランクにも入っていないときで、技術はなく向かっていって自分のパンチを当てよう当てようとしてしているのが眼に見えてわかったので、僕の経験したボクシングを教えました。

打たれないようにしながら、「左は世界を制す」という言葉があるように左でいろんなパンチを打ちながら、ミックスさせてどう戦うか、バランスも必要で、そういったことを教えてメキメキ腕を上げていきました。  僕が習った米倉ジムでは長所を伸ばせという事で同様にやってきました。

師弟関係がうまくいっていると喜んでもらいたいし、気持ちが合致してくるといい相乗効果になると自分の経験上感じたので、自分だけ勝ちたいという気持ちのパワーよりも目に見えない力が生まれると自分の経験上感じたことがあるので、佳祐にも伝わってくれたらいいなあと思います。

川嶋勝重選手の世界チャンピオン防衛戦での相手はアメリカのオリンピック代表の選手で苦しい展開の中、最終ラウンドに行く時に、「そんなにいかなくていい」という指示を出したが、「しかし僕は勝ち負けは関係ないので、倒されてもいいから行かせてください」と言われ、本人がそういうので「好きなように行け」とイチかバチかいった時には生きた心地はしなかったです。

合計50針縫うぐらい傷も負っていて血だらけになっていて、倒されてもいいから行かせてくださいと言うそういう気持ちは本心からいっているので、僕より上だと感じました。

同様なことを圭佑から言われたら、どうするか自分でも想像がつかないです。

圭佑はオリンピック代表を賭けた試合で負けてしまって、凄いショックでした。

圭佑は大学を中退してプロの道を進む事になりましたが、親としては本当にプロでやらしていいのかとか、子供の時とはまた違って変なものですね。

自分の子供の足を引っ張るようでは駄目だと思うし、心配を全部取り除けるかというとそういうわけにもいかないし、どう付き合っていかなければいけないのか、今でもずーと思っています。

デビュー戦でのガウン、トランクス、シューズまで僕がデザインしたものでしたが、佳祐は全部受け入れてくれました。

僕が米倉会長に言われていた「結果未自然」(「結果を気にせず、目の前のことにこだわってほしい」)という言葉をガウンに刺繍して、裏には米倉会長、トレーナー、僕の父親、高校の監督の名前を入れて、僕に取っての精神安定剤、ピンチになったら助けてほしいという親心ですが、本当は誰も助けては呉れませんが、どうしてもそういう心境になってしまいます。

一人の男として生きてきて、これから生きてゆくために、これからの親孝行は僕を越えて世界チャンピオンになってくれたらそれが一番の親孝行だと思います。