長谷川一男(日本肺がん患者連絡会 理事)・患者が変える肺がん医療~肺がん患者会結成10年~
長谷川さん(54歳)は1間から15年前2010年に肺がんの打てージ4と診断され、余命10か月と診断されました。 そこから情報交換の場として神奈川県を中心にNPO法人肺がん患者の会「ワンステップ」を立ち上げ、患者にネットワークを広げながら自らの治療法についても積極的に医師に働きかけ、攻めの治療を行ってきました。 その「ワンステップ」の活動を全国各地の患者会と連携させた組織が日本肺がん患者連絡会です。 その結果世界肺がん学会の発表などを通じて製薬会社の協力を得ながら、日本で初めて患者提案型の臨床試験の実現にも成功し、長谷川さんは2016年には世界肺がん学会から、今後の医療を変える5人にも選ばれています。 がん患者のために働くことが生きる証しと語る長谷川さんに、自らの治療と患者会での活動について伺います。
ステージ4と診断さてから15年が経ちます。 がんはいるんですが大きくならずにそのままじっとしています。 治療はもう10年ぐらいはしていないです。 半年、1年の間にがんが大きくなっていないかチェックの検査はしています。 治療は抗癌剤、放射線、手術をやっていますが、その一つ一つがちゃんと効いてくれたことが一番だと思います。
ある時から咳が止まらなくなり、どんどんひどくなりました。 右の首元が晴れてきました。病院に行ったら肺がんと言いう事が判りました。 ステージ4で余命10か月と言われました。 妻と7歳、5歳の子供がいました。 今は上の男の子は社会人になって、下の女の子は大学4年生になり就職が決まりました。 親として一緒にいられるという事は病気になった時には全く考えていませんでした。
闘病の様子を映像で残しました。 病気になると治療だけの生活に入って行きました。 それまでテレビのディレクターをしていました。 自分を正気に保つ術が欲しかった。 自分を記録して、自分を題材にしてドキュメンタリーを作てやるんだみたいな思いがありました。 2010年から5年間で30回以上入院しました。 右の肺は全摘しています。 ステージ4だと抗癌剤だけの治療で、最初の薬が半年ぐらいで効かなかったら次の薬を3か月ぐらい、その次の薬を1か月ぐらいでおしまいです。 僕の場合も最初の薬はデータ通りに効かなくなっていくんです。 10か月をどうやったら延ばせるのかと言う事を一生懸命考えてトライして、駄目なら次をトライしてという事を繰りかえしていました。 薬の効いている期間はデータ通りに半年でしたが、がんの縮小に関しては爆発的に効いて、こぶし大のがんが小指の先ぐらいになりました。 (20人に1人ぐらいの確率)
2015年4月にNPO法人肺がん患者の会「ワンステップ」を設立しました。 病気が一段落した時のこれからどう生きてゆくのか考えた時に、自分の経験が役に立つことをしたいなあと思いました。 患者会で治療法、どん思いか、と言ったことを伝えてゆく会が出来ればと思いました。 肺がんの患者会自体が日本にはありませんでした。 設立後10年になります。 情報を患者さんが貰ってありがとうございますという事がとっても多いです。 がんになって命がなくなると突き付けられると、単純に怖いんです。 死ぬことに対してあがらう、自分らしく向きあって行くものがないと死にきれないという風には思います。 それが「おびえて生きたくない。」と言う言葉になると思います。
患者力、自分で意思決定が出来ることが幸せだと思うという信念を持っています。 治療についてきちんと概要を知って、自分の選択肢を知って、それを決めてゆくという事が必要になります。 それが患者力だと思います。 最先端の治療にはリスキーがあります。 自分で納得して決めていない限り、死ねないという風な思いです。
患者提案型の治験の実現、通常臨床試験は医療者、研究者が進めて行くものですが、患者がこういう臨床試験をやって欲しいと、提案して実現してゆくものです。 提案するきっかけはとてもいい薬があったんですが、それを使えないような場合のルールがあり、それはおかしいのではないかといことで提案に至りました。 肺がんの中でも型があり、EGFR(推算糸球体濾過量の略称で腎臓の働き具合を示す指標)の人たちが使える薬で、その中でも使える人と使えない人が分かれしまっていました。 科学的な根拠のためには臨床試験を、という事になりました。 薬代だけで10億円以上かかると言われました。
医療者、製薬会社が患者の声を取り入れて行こうという気持ちが根っこにあったんだと思います。 患者の思いをきちんと取り入れて作ったものが、患者さんに資するものになるという考え方が多分土台にある。 患者会からの臨床試験への提案があり、それが科学的に間違ってないという事であれば、やってみる価値はあるのではないかとう風に考えてくれて、今回実現に至った。 困っている方々の命も伸びる、その結果にとても嬉しかった。 目の前のことを一つ一つやってゆく事によって、段々大きなものになっていって、影響できるものが大きくなっていったと思います。 医師、看護師、研究者、製薬企業とのつながりが出来てもっといろんなことが出来るようになって、責任も大きくなったなあと思います。 人生が有限であるという思いは凄く強くなりました。 今をもっと大切にしようとか、その部分は大きく変わったかもしれないです。