2023年4月27日木曜日

中野京子(ドイツ文学者)        ・〔私のアート交遊録〕 名画に書かれた災厄に抗う人々

 中野京子(ドイツ文学者)    ・〔私のアート交遊録〕  名画に書かれた災厄に抗う人々

「怖い絵」のシリーズなど恐怖というこれまでになかった切り口で名画を読み解き、恐怖の裏側にある人間の姿に迫った著作で知られる中野さん、過酷な運命に翻弄されながら人々の姿を画家たちがどのように描いて来たのかを様々な作品を通して見つめてきました。   今日はパンデミックや飢餓、天変地異、戦争といった状況の中で生まれ、いまも人々の心をつかむ数々の名画を通してその魅力やそこに秘められた謎を解いていただきます。

コロナ禍の3年は結構忙しかったです。   「怖いクラシックコンサート」、「舞台怖いね」、「星と怖い神話」(プラネタリューム館) 3つの仕事がありました。      「災厄の絵画史」の本を最近出しました。   私が今回感じたのは、人間って最悪の中でむき出しになる人間の汚さがあるんだけれど、逆に懸命に運命と戦って希望をもって立ち上がる姿、それが描かれているんですね。   コロナも希望をもって立ち上がって行くんだろうなと思いました。   本にはルネッサンスから印象派まで網羅されている。  33点使いました。  ドローネーというフランスの画家の「ローマのペスト」という絵があり、それを表紙にしました。   ドローネーが描いた時代はコレラのパンデミックの時代だったんですが、コレラを描くのではなくローマ時代のペストを描いたんです。     天使が長剣(正義の印)をもって扉の前で、悪魔を引き連れて悪魔に槍で扉を叩かせている絵なんです。  聖人伝説を元にした話の絵です。  槍で5回たたくと中に人が5人殺される。   

「死の勝利」 ブリューゲルの作品。 ペストの時代、戦争。  骸骨がいっぱいある。 中世の一番ひどい時はヨーロッパの1/3はペストで亡くなっていると言われている。    聖職者も亡くなってしまって、教会への失望はあったと思います。   プロテスタントが出来てきてとか、という事があります。   死神は平等、王も聖職者もあくなるという事は相当ショックだったと思います。   人間が一番怖いのは死ですね。  肉体の死、精神の死(狂気)  肉体の死の中には暴力、戦争、災害、病気とか、精神の死では未知のものに対する不安、他者、愚かさなど。   

私はツヴァイクの「マリー・アントワネット」を翻訳していますが、マリー・アントワネットが市中引き回しされるのをダヴィットがスケッチするんですね。  その絵を観た時にこれは凄いなと思いました。  ダヴィットは反王党派だった。  王妃に対する憎悪があったんです。  人間の描き手の姿が出てきてしまう。   しかし、ナポレオンにすり寄って行ってしまい、ナポレオンが失脚したらダヴィットはフランスにいられなくなりベルギーに逃げてしまう。  

絵には文法があり、その時代時代の色彩の意味があります。   受胎告知だったらマリアの色は赤と青という事に決まっていて、そこに白ユリが来る。   擬人化、概念を人間として描く。  シンボルとかもありある程度知らないと理解が難しい。  印象派以前の絵画にはたいてい意味があったんだから、意味がある絵は意味を知ろうとした方がいいんではないかと思います。    いろんなところに公立美術館が出来て、そう知識のない人が観て、全然わからないから面白くなくなった。 そこで印象派が出てくるんです。  印象派は見たまんま、感じたまんまとなってゆく。  

でも印象派のスーラの「グランドジャット島の日曜日の午後」では、皆日傘を持っているが、以前は柄が木で凄く重くて奴隷とかに持たせていた。 日傘は王侯貴族のものだった。一般の人が日傘を持てるようになったことは日本人にはからないと思う。 大きなバッグを持つ人はいないが、大きなバッグを持つ人は下層階級だった。  猿が出てくるが猿は悪徳の象徴だった。   印象派も100年以上たってきているので、そういったことも知っていた方がいいと思います。  

絵にも小説と同じような伏線があり、背景などに描かれている。  背景について、なんだろうと思ったら調べていけばいいと思います。  ルーベンスの「キリスト昇架」 ドラマチックな作品。  動画がなかった時代で、ルーベンスの絵は動いて見えたと思いますね。イエスの存在の重さを感じます。  

画家が意味を伝えたいという絵は、意味を知っておくべきだと思います。  やっぱり知っている方が面白いです。  知識によって磨かれる感性ってあると思うんです。      「怖い絵」展をやった時に凄く人が来ました。  78万人以上来ました。  知って観たら面白いと気づいた人が居たんだという事があり、どんどんそうなって行くんだと思います。   日本人は前から絵が好きだったと思います。

お薦めの一点ですが、「災厄の絵画史」にいれた一点ですが、ムンクの「病める子」 結核で15歳で亡くなった姉を描いた絵です。  その時ムンクは13歳でした。  10年以上たってから思い出して描いたものです。   ムンクの母親も結核で亡くなっている。  そばでうなだれて泣いているのは母親の妹か姉かはわからないが、死に行く子が叔母に対して、逆に慰めている情景。  心に突き刺さるような絵でした。