2021年6月28日月曜日

頭木弘樹(文学紹介者)         ・【絶望名言】種田山頭火

頭木弘樹(文学紹介者)         ・【絶望名言】種田山頭火 

僧侶の姿で托鉢をしながら旅をして俳句を詠んだ種田山頭火 、その最初の句集「鉢の子」が出たのは昭和7年6月20日でした。

「私が自叙伝を書くならばその冒頭の語句として、私一家の不幸は母の自殺から始まると書かなければならない。」       山頭火 

山頭火の代表的な句

分け入っても分け入っても青い山

「まっすぐな道でさみしい」

「どうしようもない私が歩いている」

「うしろすがたのしぐれていくか」

九州から東北のほうまで旅をしている。   俳句のほかに日記もの残してしている。    1882年明治15年)12月3日生まれ。   山頭火 は自由律俳句で5,7,5でなくてもいいし、季語もなくてもいい。

「音は時雨か」という句もある。 

「俳句ほど作者を離れない文芸はあるまい。   一句一句に作者の顔が刻み込まれてある。  その顔が判らなければその句は本当に判らないのである。」と言っている。

母親が自殺した時には山頭火はまだ9歳だった。   母親は自宅の井戸に身を投げた。 井戸から引き揚げられた母親の死に顔を見てしまっている。  母親は32歳の若さ。  結核を患っていて寝ていたが、夫の身持ちも芸者遊びをしたりしてよくなかった。    いろんなところを放浪するようになったのは母親の自殺があったと思う。   

「家庭は牢獄だとは思わないが、家庭は砂漠であると思わざるを得ない。  親は子の心を理解しない。  子は親の心を理解しない。  夫は妻を妻は夫を理解しない。   兄は弟を弟は兄をそして姉は妹を妹は姉を理解しない。    理解していない親と子と夫と妻と兄弟と姉妹とが同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下に眠っているのだ。   彼らは理解しようと努めずして、理解することを恐れている。  理解は多くの場合において、融合を生まずして、離反を生むからだ。  そのとき離れんとする心を骨肉によって盗んだ集団、そこには邪推と不安と寂寥とがあるばかりだ。」  随筆「砕けた瓦 (或る男の手帳)」から

家庭に対する不満が書かれている。  「理解は多くの場合において、融合を生まずして、離反を生むからだ。」とも言っている。   理解し合える場合もあるが、話し合ったために余計に事態がこんがらかってしまう事もある。  人間関係のつらさを見事に言い表している。   姉がいて妹がいて、山頭火は長男で弟が二人いる。 三男は5歳の時に病気でなくなっている。  次男が自殺している。  父親がコメ相場に手を出して家が傾いてしまう。  山頭火も大学を中退して家に戻って来る。  酒蔵の経営をして結婚もして子供もすぐに生まれるが、酒蔵が破綻してしまう。  熊本に戻って再出発するが、弟が自殺してしまう。(弟は31歳)  

「天はもはや我を助けず、人又我を哀れまず」  弟の遺書に書いてあった言葉。

山頭火は酒好きだったが、この時から量が増えている。  一人東京に行って仕事をするが、ここでも大きな事件が起きる。

「人々に幸福あれ、災害なかれ、しかし無常流転はどうする事もできないのだ。」山頭火 (日記の中の言葉)

 大正12年9月1日 関東大震災が起きて、山頭火は湯島にいたがその家も焼けてしまう。   憲兵などが社会主義者を弾圧していて、山頭火も間違って逮捕されてしまう。 誤解が解けて熊本に戻るが、その間に妻の実家が怒って妻とは離婚となる。  酒に酔って路面電車を止めてしまい危うく轢かれてしまうところだった。  騒然としているところを知り合いが連れ出して禅寺に連れて行って、そこに住みついて出家することになる。  そこから山頭火の旅が始まる。(43歳)

最初九州に行き、九州の山のなかで 「分け入っても分け入っても青い山」を詠む。 

「泣きたいときに笑い、笑いたいときに泣くのが私の塔生活だ。 泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑うのが私の芸術である。」    山頭火 随筆「砕けた瓦 (或る男の手帳)」から

「 私一人の音させている。  私一人の音させている。 咳がやまない、背中をたたく手がない。  咳がやまない、背中をたたく手がない。  雨だれの音もとった。   雨だれの音もとった。」 山頭火の俳句 3つ  草木塔の句集から

独り旅先で病気をするとすごく困るし、老いも困る。  

「あまり健康だったから、健康という事を忘れてしまっていた。  頑健、あまりにも持て余す頑健。  私は私の健康を呪う。  私はあまりに健康だ。」

そうでないと旅はなかなかできない。

「私の念願は二つ、ただ二つある。 本当の自分の句を作りあげることがその一つ。  そしてほかの一つはころり往生である。  病んでも長く苦しまないで、あれこれと厄介を掛けないで、めでたい死を遂げたいのだ。  私は心臓麻痺か脳溢血で無造作に往生すると信じている。」    山頭火   

実際に脳溢血でころり往生したらしいです。(57歳)

放浪生活について山頭火に相談した人への言葉                   「流浪はいけません。  私としては到底賛成することができません。  その心持は判り過ぎる程判るだけに。」   山頭火

「本当でない、と言って嘘でもない生活、それが私の現在だ。」   山頭火      

「「本当でない、と言って嘘でもない生活」というところがいいですね。