2019年3月1日金曜日

高楼方子(児童文学作家)         ・【人生のみちしるべ】ファンタジーは憧れの中に(2)

高楼方子(児童文学作家)  ・【人生のみちしるべ】ファンタジーは憧れの中に(2)
昭和30年北海道函館生まれ、12歳まで函館で過ごして、その後東京で過ごし、現在は札幌市で執筆を続けています。
32歳の時に長編ファンタジー『ココの詩』で作家デビュー、以降幼い子供達の絵本から、長編ファンタジーまで多彩な物語を紡ぎだしています。
路傍の石幼少年文学賞や赤い鳥文学賞など受賞歴も多数お持ちです。

「つんつくせんせいシリーズ」、「まあちゃんシリーズ」、「へんてこもりのはなしシリーズ」 など沢山の絵本の中から高楼さんに選んで頂いたのが「まあちゃんのながいかみ」です。
初めて書いた絵本です。
髪を長くしたいと言う憧れを作品にしようと思いました。
文章を持って行っただけでは編集者は判らないと思って、絵も描いてダミーの本を作って持って行きました。
絵も自分で描いて見たらと薦められて描くようになりました。
まあちゃんのながいかみ」の朗読
(おかっぱ頭のまあちゃんは、長い髪のはあちゃんとみいちゃんに、自分はこれから、もっとずっと長く髪を伸ばすんだと自慢します。吊り橋の上からおさげをたらして魚が釣れるくらい。おさげの投げ縄で牧場の牛をつかまえられるくらい。シャンプーしたら、雲まで届く大きなソフトクリームになるし、洗った髪は妹10人がとかしてくれる……。まあちゃんの空想は大きく広がります。ユーモアに富んだ絵本です。)
この髪の毛の話を書こうと思った時に、子供の頃私と話をした子のことを思い出して書きました。
どんどん発想を広げて行きました。

話から絵を考えて行きます。
本質的なことに関係ないようなことに幼年童話はエネルギーを使います。
文章は同じページ内に納めないといけないとか、そういうところから入らないといけないとかがあります。
面白いものにしたい、それ以外にないです。
本から何かを得て学んでほしいと言うような即効性のものではないです。
子供は「お話」という扉が開く瞬間がすごく好きですね。

『時計坂の家』(1992年)
函館の祖父母の家になんとなく貼り着いて居ている古臭いすえたというような暗いような不思議なような奇妙な感覚が満ちていて、未知のものへの憧れのようなものがあり、それを本のなかに閉じ込めて物語をつくれないものかと思いました。
扉の向こうに行きたいが行けない気持ちとか、その辺からストーリーを立ち上げてみたいと思いました。
(12歳の夏休みがはじまる1週間前のこと、フー子は憧れの従姉妹マリカから1通の手紙を受け取った。夏休み、祖父の住む街に遊びにこないかという誘いだった。 初めてのひとり旅、そしてマリカと過ごす夏休みへのときめくような思いを抱えたフー子を待ち受けていたのは、思いもかけないできごとだった。 祖母の死に隠された秘密。踏み入れてはいけない蠱惑の園・・・・・・あらがえない魅惑に惹きつけられながら、フー子はその真相に近づいていく。)

この本を書いている途中から子供が生まれましたが、その影響は全然ありませんでした。
大変で辛かったと言う話はなかったです。
「雪だるま」とかわくわくする言葉があるが、そういった言葉を紙に書いて箱にいれたりするが、そこから取り出してフッと思い付いて連想することもあります。
これが核になって色んな結晶が出てきて、連想してこういう物語が出来るとかあります。
中学生の時に凄く仲良くなった先生に出会って、毎週一回はがきを出したりしています。
英語の女の先生で、みんなのことを可愛がっていました。
その先生がいらっしゃったことは大きかったです。
その先生の期待に答えたいと言う思いがありました。
大切な先生です。(89歳)
先生自身も絵とか文章が上手で、手紙に絵を描いて文を書いていただきました。
文章修業としたら、先生との文通だと思います。
児童文学にある文学の素晴らしさは、大人の文学にはないものがあるわけです。
きらきらする児童文学ならではのめくるめくような世界は、子供の時に読んだ本は、やはり面白いと思います。
ケストナーが圧倒的に好きでした。
私の資質が児童文学向きだったのかもしれません。
これからもずーっとこのままの調子でやっていきたいと思っています。