2021年5月11日火曜日

宮川泰夫(元「ラジオ深夜便」アンカー) ・「ラジオ深夜便」放送開始30周年アンカートークショー第六回

 宮川泰夫(元「ラジオ深夜便」アンカー) ・「ラジオ深夜便」放送開始30周年アンカートークショー第六回

ラジオ深夜便を卒業したのが2018年3月です。  私が担当したのは2005年から2018年までの13年間です。   2005年3月27日に担当していた「のど自慢」が終了しました。   その2週間後に「ラジオ深夜便」のアンカーに就任しました。  ちょうど還暦の60歳でした。    昼の元気のいい「のど自慢」から真夜中の「ラジオ深夜便」になってどんなテンションでやったらいいか、最初は戸惑いましたが、13年務めることになりました。   「深夜便の集い」は30か所ぐらい地方に伺い、直接出会えるということで楽しい時間を過ごせました。   2012年11月 石川県の能美市に伺った時、根上町を中心に3つの町が合併してできた市です。  、根上町は松井秀喜さんの出身地です。  夏の甲子園のテーマ曲「栄冠は君に輝く」 作曲は古関裕而さんで作詞は昭和23年に30回の記念大会を迎えて、その時に一般から募集した詩なんですね。  作詞者が加賀大介さんという根上町の方だったんです。 

加賀大介さんも野球が好きだったんですが、怪我をして足を切断して野球をあきらめる身になってしまいました。   野球への思いをあの詩に託して、応募され5000通の中から選ばれました。  「深夜便の集い」で向井さんと一緒に高らかに歌いました。   そうしたら一番前にいた上品なご婦人がお立ちになって、「私はその作詞者の妻です」と名乗られたんです。   会場も大盛り上がりになりました。  加賀大介さんは文筆家として活躍されていて、自分の名前で出すと、賞金目当てだと思われるのが悔しいし嫌だということで、当時お付き合いしていた女性の名前(高橋道子)で応募したんです。   名乗り上げられずに高橋道子作詞ということで30年間、第50回大会の時に加賀大介さんが実はこういうことでと名乗り出て、いまは加賀大介さん作詞ということになりました。  その高橋道子さんが最前列で立ち上がった人でした。  賞金は5万円(当時の公務員の給与の10倍ぐらい)だったそうです。  それを結婚資金にして結婚されたそうです。  朝の連続TV小説「エール」の中で球場で歌う感動的なシーンもありました。

アンカーとして自分なりのものをやりたいと思って、①午前2時台 洋楽をかけるところにロックミュージックを取り上げました。  それまではクッラシック、映画音楽とかでしたが、私たちの世代はビートルズの時代でしたので、ロックミュージックをかけ始めました。最初は恐る恐るでした。  いただくお便りは反応のいいものでした。  長距離トラックの運転手さんなどは寝む気がとぶとか、オールドロックファンはカセットテープが劣化していたので取り直して自分のライブラリーに加えたとか、ビートルズを知らない若い世代はビートルズをじっくり聞くことができたとか、お便りがあり続けてきました。  音楽を担当していただいた柴田さんが滅茶苦茶ロックに詳しい人でした。  グランドファンク・レイルロードをかけられれば終着点だよねということで、始めて8,9年目にグランドファンク・レイルロードを2時台に特集しました。  中にはご迷惑な方がいたかとは思いますが。

②4時台のお別れ間際に誕生日の花のご紹介をしました。   誕生日にちなんだ一曲をお届けするというのを13年間やり続けました。   ドクダミとか何の音楽をかけたらいいのかと悩みましたが、花言葉からの連想とか、思い出とか、何とか選んで13年間続けることができました。   うまくいったときの快感がありました。  4月12日の花「しゃが」という菖蒲科の花で、この花言葉が「反抗、私を認めて」で、花カレンダーをめくって、私が連想したのは俳優のジェームズ・ディーンです。  映画「理由なき反抗」若者ならではの反抗、「私を認めて」から連想したのは「エデンの東」の1シーンです。  兄ばかりを溺愛する父に向って、何とか自分に振り向いてほしいということで、ジェームズ・ディーン演じるキャルが、運搬する貨物列車が止まってしまってレタスが腐ってしまいレタスの損害を何とかカバーしようと思て、キャルは豆の取引に手を出す。  第一次世界大戦で豆が高騰して大儲けをして、父の誕生日にお金を差し出す。 父は戦争で儲けた金は要らんと拒否をする。  キャルは切なく男泣きに泣きます。  私を認めて」という心からの叫び、こういうシーンだと思うわけです。     しゃがは半日陰性の花で清楚だがどこか暗さもある、ジェームズ・ディーンそのものもじゃないかと思います。  「エデンの東」のテーマ曲をおかけしました。  見事にはまった曲だと思いました。

③午前1時台 「のど自慢旅日記」 「のど自慢」では毎週全国各地を旅しました。 600所になります。  各地の取材はタイトな時間でやっていました。  「深夜便」の中で気になった箇所をもう一度訪ねて旅の体験の話をさせていただいて、間にゆかりの音楽をかけるというコーナーを作ろうと思いました。 旅のディスクジョッキーを始めました。   楽しく皆さんに聞いていただけたかなあと思います。   100所ぐらいは2度目の旅を楽しませていただきました。

13年間「ラジオ深夜便」を通して一番楽しませていただいたのは、自分自身じゃなかったのかと思います。  「ラジオ深夜便」は50年間のアナウンサー生活を総ざらいしてもらったような気がします。  五木寛之さんが「回想を楽しむというと後ろを振り向く、後ろ向きになるかのように思えるが、そうではない、過去を思い出すことで今がむしろ生き生きと活気を帯びてくる、回想するということはそんな豊かな時を過ごすことにつながります。」と語っています。  私はこの考え方に全面的に賛成です。 その時代、その時間、その体験を過ごしてきた結果としてある今の自分を見つめなおすことに繋がると思います。  二度目の人生を味わう、あるいは人生を二度味わう、そんな楽しみに繋がるという気がするわけです。