2021年4月4日日曜日

よこざわけい子(声優)         ・【時代を創った声】

 よこざわけい子(声優)         ・【時代を創った声】

NHKの「おかあさんといっしょ」の人形劇「にこにこぷん」のぴっころ役を担当してきました。   他に『ドラえもん』の妹ドラミちゃん、映画「天空の城ラピュタ」のシータ役など数多くのアニメ、吹き替えを担当してきました。   現在はご自身のプロダクション、養成所で後進の育成を中心に活動しています。

コロナ禍でリモートで養成所の授業をやっています。  新潟の出身で、小学3年生の時に両親が新潟方言で苦労した経験から、娘には標準語を話してほしいという思いで、児童劇団に入れることになりました。   NHK新潟の児童劇団に入りましたが、入って1年でなくなってしまいました。  運よくラジオドラマに出ていて、その番組が大学まで続きました。  大学受験の時にどうしようか考えて、声優になろうかなと思って東京に出てきて、大学に入りました。    放送学科に入って、アナウンサーの勉強はできるが声優の勉強ができなかったので、養成所に入りました。   当時は映像の役者を育てる養成所だったので一から演技の勉強をしました。  1974年から1年間放送されたNHK大阪の制作ドラマ「花ぐるま」で島田陽子さんの妹役を担当しました。   2年生の終わりに大学を辞めました。   

声優としてはアグネス・ラムのコマーシャルのアグネス・ラムの声の吹き替えを担当することになり、それがきっかけでした。   映像とは違って、声だといろんな役が出来るので、凄く楽しかったです。  最初は映画の吹き替えでした。  アニメーションは難しかったです。     アニメーションの最初は1975年「タイムボカン」の淳子役を代わりにやることになりました。  1976年「ポールのミラクル大作戦」のヒロインのニーナ役を担当しました。  同時に「ドカベン」もレギュラーで、その後いろいろなアニメに出て、1979年から『ドラえもん』の妹ドラミちゃんに出るようになりました。  あの役は難しかったです。 綺麗な声を出さなくてはいけないし、優秀なロボットなので可愛げが無いので、可愛らしさを強調していろいろ考えて演技をしました。

ぴっころは私の地のままです。  藤子作品で主役をやること、「おかあさんといっしょ」のキャラクターを演じるのが夢でした。  1982年には『おかあさんといっしょ』の人形劇「にこにこぷん」のぴっころ役に抜擢され、10年の長きにわたって担当しました。  アニメ、イベントを含めると17年間になります。   ドラミちゃんを引きずっていたようで、6年経って自分そのままを演じることでようやくぴっころになれました。   大切なのは相手の台詞を聞いて、気持ちを動かして表現してゆくことだと改めて思い起こしました。 

二つの夢がかなって、ナレーションをやってみたいと思いました。  マネージャーからは反対されて、独立をしてフリーで自分で営業するようになりました。(1988年)   マイナス面はあまり考えませんでした。  デスク業務にも疲れて、他の事務所に入ろうかとも思いましたが、籤を引いたら大凶で入るのはやめて、後ろ向きな気持ちではなく前向きにいこうとプロダクション、養成所も作りました。

始めてみたら裏方になっていきました。  教えるにあたって表現について考えるようになりました。  そうすると文章も書くようになりました。  いろんな面で豊かになったのがよかったと思います。  どうせなら大きな夢をもって、そのために努力をしていけばいいのかなと思います。  アンテナを広げておいてチャンスがアンテナに引っかかって来ると思うので、ゲットするためにはゲットできるだけの力を身に付けておかなければいけないので、そのために努力をこつこつとやってほしいと思います。