2019年8月6日火曜日

ハロルド・メイ(プロレス興行会社社長)  ・日本のプロレスを世界に

ハロルド・メイ(プロレス興行会社社長)  ・日本のプロレスを世界に
メイさんはオランダ生まれ、55歳、アメリカの大学院を卒業して日本で就職、経営者としてキャリアを重ね、去年プロレス興行会社の社長に就任しました。
かつて国民的娯楽であったプロレス、2000年代に入ってほかの格闘技の台頭もあって低迷していましたが、メイさんの団体を中心に5年前から急速に人気を回復してきました。
今ではファンの4割は女性といわれています。
国内だけではなくて海外の試合も熱狂的な支持を集めています。
メイさんにこれまでの道のりとプロレスにかける思い、その経営哲学などついて伺います。

社長に就任した間もないころは、お客さんに対する感謝の気持ちは「今日はありがとうございます」というだけでしたが、撮影会に発展しました。
思い出に貢献できる、とともにお客さんと会う事で僕も元気をもらえます。
200,300人と毎回撮らせてもらっています。
前の会社は一部上場の1800億円近くの売上高、今は46億円のプロレス興行団体。
プロレスが好きで、又プロレスのためになる仕事をしたかったというのが理由です。
プロレスは輸出できるものだと思います。
サッカーは盛んなのは世界の国の半分ぐらいだと思います。
プロレスは世界的に盛んです。
新日本プロレスは世界2番の団体です。
世界に通用するのではないかと思います。
大きくするためにはスキルが必要になって来るんではないかと思ってやってみたかった。
今は「物つくり」から「こと体験」だと思います。
これからはサービス、体験、思い出とかを売る時代だと思っています。
プロレスは究極の「こと体験」だと思っています。

プロレスのすばらしさを判ってもらうために映像を増やす、英語のコンテンツを増やす、世界でも通用するスーパースターを呼んでプロレスの質を上げていきたい。
手ごたえを感じています。
年間日本で150試合、海外でも増やしています。
アメリカ、オーストラリア、ロンドンなどでも開催しています。
SNSを活用して入り口を増やしてゆくのがポイントになると思います。
英語の解説、ビデオなどに力を入れています。
日本のプロレスは海外のプロレスとは違います。
海外のプロレスはかなりの時間を割いてマイクパフォーマンス(言葉でのやりあい)をするが、日本では最初から最後までレベルの高い試合をする。
まずはプロレスを好きになる伸びしろが日本には一杯残っていると信じています。
かつてのファンに戻ってきてもらいたいのと子どもさんにも見てもらいたい。
来年は1月4日、5日に東京ドームで行う新日本プロレスリングがお送りするプロレス界最大のビッグイベント!WRESTLE KINGDOM14 in 東京を満員にしたい。

8歳までオランダにいて、父が日本で仕事をすることになって家族全員で日本に移住しました。(1971年)
外国人がほとんどいない時代でした。
外国人が日本の企業で働くという事は非常に珍しい時代でしたが、父は日本の企業の役員として働きました。
横浜のインターナショナルのスクールに入りましたが、オランダ語しかできなくて日本語も英語も一切できませんでした。
学校では英語、外に出ると日本語でした。
或る意味どっぷり日本語と英語につかることができました。
3、4か月で日本語、英語も話せるようになりました。
TV局は日本ではいくつもあって朝から晩まであって、日本語がすぐに入ってきました。
子供番組、刑事ドラマ、歌謡曲が好きでした。
唯一その瞬間から楽しめたのがプロレスでした。

父もプロレスが好きでした。
迫力、人間離れした技の掛け合いあがあり、今もいい思い出として残っています。
ザ・デストロイヤーアブドーラ・ザ・ブッチャーとか印象に残っています。
5年間日本にいてその後インドネシアに行きました。
離れた瞬間から日本に戻りたくてしょうがなかった。
日本人の優しさ、道を聞いても時間を割いて一緒にあるところまで行ってくれたり、片言の日本語をちゃんと聞いてくれる優しさに打たれたことと、自然の豊かさはすごいです。
オランダには山が無くて、紅葉を見に行ったり山をたくさん見て、自然の豊かさ凄さが子どもながら目に焼き付きました。
インドネシア語をこんどは学びました。
日本語は忘れてはもったいないと思って、友人にカセットテープに録音してもらって送ってもらって聞いていました。
ラジオ局の日本語での歌謡曲のラジオ番組をやらないかとの話があり、アルバイト感覚でやる事になりました。

6か国語ができるようになりましたが、どっぷりつかったという事と、歌はスーッと入ってくるのでここまで上達できたのかなと思います。
中学高校はインドネシア、大学はペンシルバニアで専攻は経営学、東洋学二つを選びました。
日本の歴史、経済学などをやりました。
日本に戻りたいという思いがあり、日本でアシスタントジェネラルマネージャーという事で入社しました。
キャリアーアップをしていきました。
新しいノウハウ、スキル、経験を積むことが自分をもっとよくできると思ったので、リスクをとってでも会社を辞めていきました。
ヘッドハンティングでした。
その間に結婚しました。
老舗のおもちゃメーカーの社長をしましたが、経営が悪化した状態で受けました。
女の子の有名な人形がありました。
定番商品に魅力を吹き込むことを一番に力を吹き込みました。
攻めの広報にも力を注ぎました。
会社の一番の資産は会社員なんです。
希望者配置でモチベーションが上がりパワーが増すと思ってやりました。

半分が外資系、半分が日本企業でした。
日本企業での経営はトップダウンではないので、会社の方針などを説明する時間、努力に時間が掛かるが、それが浸透して腹に落ちれば一枚岩になれる。
そうするとパワーが得られる、但し時間が掛かるが、そこで。
自分の主張をすることこそが、ある意味給料をもらう一つの理由で、自分の個性、自分の主張をきちんとすることこそが、会社にとっても価値を生み出すことにつながるので、是非自分の主張をしてほしいと思います。
土壌も必要だが、10個のうち9個却下されるとは思うが、1個でも通用すれば価値が生まれるのであきらめず主張してほしいと思います。
ストレスを家に持って帰りたくないので、ストレス解消のためにサバイバルキャンプをしています。
枯れ木、草などを積み上げて濡れないとか、寒さから凌いで一晩過ごします。
日本の文化の一つとしてプロレスを世界に広げていきたい、新しいお客さんをどんどん増やしていきたい。