田川尚登(日本こどもホスピス協議会 理事) ・「重い病と生きる子らの、この瞬間を笑顔に!」
小児がんや重い心臓疾患など命を脅かす病と共に生きる子供たちは、全国に約2万人いると言われています。 その多くは病院か自宅だけで過ごし、遊びや学びといった子供らしく生きる時間を奪われた状態にあります。 そんな子供たちと家族を支える子供ホスピスが、今国内で広がりを見せています。 自らの娘さんを脳腫瘍で亡くし、子供ホスピスの必要性を痛感した田川尚登さんは、NPO法人「横浜子供ホスピスプロジェクト」を立ち上げ、2021年全国で2番目のコミュニティー型子供ホスピスを横浜市に設立しました。 4月28日の日本子供ホスピスの日を前に、子供ホスピスとはどんなところなのか、設立に込めた思いとともに田川さんに伺います。
4月28日は4、2、8でよつばとも読めるので、希望、振興、愛情、幸福のシンボルと言われる四葉のクローバーをイメージして、子供たちがたくさん愛情に包まれながら豊かに生きることを支える、子供ホスピスの理解推進を図るために、日本子供ホスピス協議会が制定し、日本記念日協会から登録を認定されました。
私たち横浜では、子供ホスピスフェスタと言うイベントで、1年間の活動の報告を支援者に知っていただくということ、体験したことをお話ししていただいたり、ボランティアの方たちに様子を話し合ってもらうと言うようなことを進めていく予定です。 ホスピスと言うと緩和ケアを受けるようなイメージを持っていると思いますが、子供はどんなに重たい病気になっても成長発達してるわけです。 子供のやりたいこと、遊びたいこと、学びたいと言うこと。病気になっても子供の人権に関わるようなことなので、やれるように持っていくと言う、そういった流れを作っていくと言うことが子供にとって大切なことだと思っています。
1982年に、イギリスのオックスフォードでヘレンハウスと言う子供ホスピスができてからイギリスの国内に広がっていきました。 その後海外に広がっていきました。 イギリスでは子供ホスピスが全国に52カ所あると言われています。 次にドイツが多いです。(15、6箇所) 日本では2012年に淀川キリスト教病院に子供ホスピスができました。 現在日本には3箇所です。
私には娘が2人おりまして、下の子が1998年 6歳になった頃のばかりに頭が痛いと訴えました。 MRIを撮ったら悪性の脳腫瘍と言うことがわかりました。 余命半年と告げられました。 1982年にできた子供ホスピスの話を聞いて、日本でも作れたらいいなと思いました。 子供の名前は「はるか」といいます。 限られた時間を親としてはどうやって過ごしたらいいのかということばっかり考えました。 希望することを叶えてあげると言うことを繰り返していました。 病院へ入院して、午後3時から夜の8時までが親子が面会できる時間でした。 8時前になると必死に話し始めます。 帰らせないように話しています 。泣き声を聞きながら病室を出ていくと言う事は辛い思いでした。最後は、海を見に行きたいということで、家族で一緒に行きました。 波の音を聞いて帰ってきました。
脳死に向かってなっていく中で、呼吸器を外す決断をしてほしいと言うことを医師から言われました。 医師と相談して外す決断をしました。 悲しみがずっとこみ上げてきて、親としての後悔の気持ちが心の中を占めました。 遊びたいとか、学びたいとか、そういったやれる環境を闘病中でも絶対必要だと言うことを教えてもらった感じでした。 子供ホスピスの活動につながっていきました。 小児医療の改善を考えて、少しでも楽しい時間が過ごせるように、音楽を聞いたりできるようなコンサートの開催、15歳未満の子供は兄弟は面会ができないので、兄弟を預かるような預かり保育、付き添いの家族が泊まれる滞在所を作ると言うのを最初にやりました。
家族が泊まれる「リラの家」を作りました。 石川さんの思いと「はるか」の闘病生活が結びついて作ろうと言うふうに始めた活動が設立準備活動でした。 石川さんは看護師で74歳で亡くなりましたが、最後の職場が脳性麻痺のお子さんを看護していたこともあり、自分の資産を利用してほしいと言うことを代理の弁護士さんから聞きました。 遺贈は1億500万円でした。 「横浜子供ホスピスプロジェクト」と言う組織で、子供ホスピスを組織運営していくための法人ということです。横浜市内で会社を経営しているような方々に話をしまして、共感していただきまして、一緒にやろうと言う取り組みにつながっていきました。 活動が加速していきました。 土地を借りることに対しても、行政と相談していきました。
建物は延べ床面積が151坪です。 子供が思いっきり遊べる場所で、家族が一緒に泊まれたり、一緒にお風呂に入れたりできる空間ということで設計されました。 「海と空のおうち」の近くには、金沢動物園八景島シーパラダイスなどがあります。 アンケートをしまして、(終末期子供とどういう時間を過ごしたいか)1番多かったのが同じベッドで毎日一緒に家族で眠りたかった、2番目はお母さんの手料理を子供に食べたかった、3番目が子供と一緒にお風呂に入りたかった、この3つを建物の中に織り込もうと決めました。
いろいろな希望があって、早目だけれども七五三をやりたいとか、誕生会をやりたいとか、いろいろな希望がある中で、できるだけ叶えるような方向で活動しました。 スタッフは現在11人います。 看護師の資格を持った人4人、保育士の資格を持った人が2人、闘病を経験した人が3名、そういうスタッフ構成です。 医療は提供してないです。 万が一の救急搬送の場合には、受け入れてもらえるような流れができています。
できてから5年目になります。 笑顔の循環が建物の中でできています。 「あー 楽しかった」と言う言葉を聞くと、「あー」の中に一日充実していた時間が含まれていると思って、凄く嬉しくなります。 はじめての方は中を見学してもらって、理解してもらえるような風に推奨しています。 子供ホスピスのある街づくりをしていきたいと思ってます。 地域の中に安心して出かけていけるような、安心して住める地域づくりにつながっているのではないかと思います。 小学校と交流の授業してます。 海外視察をしてきましたが、子供を大切にしている事はすごく伝わってきまして、いろんなことを聞ける友ができたと思って、海外の子供ホスト交流をずっと続けていきたいと思いました。 全国に15の小児がん拠点病院が点在してますので、拠点病院のあるところに子供ホスピスが出来て行く流れと言うのが必要だなと思っています。