2022年4月9日土曜日

八木透(民俗学者・佛教大学教授)    ・鬼の正体を探る

 八木透(民俗学者・佛教大学教授)    ・鬼の正体を探る

全国各地に怖い鬼の伝説が残る一方で、節分に登場する鬼や昔話の桃太郎に登場する鬼たちはどこかユーモラスで親しみが持てる存在です。  最近は漫画、アニメで海外でも人気となった鬼滅の刃などの影響で鬼に関心を持つ人が増え鬼ブームともいわれています。   鬼はいつごろから日本にいるのか、そしてその正体は何なのか、教えていただきました。

私の元々の研究は家族論、通過儀礼とかをずーっと追いかけていました。  広がって民族宗教も興味があって調べるようになりました。  それぞれの地域でいろんな面白い話が出て来まして、その中の一つに妖怪とか鬼にちなんだ話があって面白いなあと思うようになったのは20年経っていないかもしれません。    鬼は非常に人間臭い、人間そのものと言っていいぐらいの人間臭さを持っていてそれが鬼の魅力かもしれません。   

丹波の大江町、大江山は酒吞童子で有名です。  大江町が街おこしに酒吞童子という鬼を使おうという事で鬼の交流博物館を作って、その時に世界鬼学会という学会を行政が主導して立ち上げました。(1994年)     韓国、中国に何人かいるという事で世界と言う冠が付いていますが、ほとんどは日本の国内の人たちです。   専門家はわずかしかいません。  地域地域で鬼に興味を持っている一般の方たちです。   300人台の後半が入っています。

鬼が文献に出てくるのは平安時代です。(1100年ほど前)  鬼は元々目に見えないものだった。  「隠(おん)」と呼ばれていたものが、「おに」と呼ばれるようになったといわれています。  鬼という漢字を当てはめて「おに」が「き」と発音するようになった。 今昔物語にいっぱい出て来ます。  「もののけ」とも言われたりもしていました。   姿かたちは全くわからない、怖い恐ろしいものだった。  疫病、地震など、人間に襲い掛かる邪悪なもの恐ろしいものすべてを鬼という風にイメージされていたのかもしれません。 

平安時代末期から室町時代にかけて、少しづつ鬼のキャラクターが絵に描かれるようになるんです。  絵巻物に描かれる初期の鬼はいろんな格好をしているんです。  一つの形になって来るのが室町時代の中期から後期にかけてです。   人間とは真逆の悪の象徴として一つの個体がイメージされるようになります。   時の為政者に反逆するものを鬼と言うレッテルを貼って討伐する対象にしていったという可能性が一つあります。  室町時代の中期から後期になると、人間の心の中にも鬼がいる、邪悪なもの、それが鬼だという風に考えられるようになって、人間が鬼になるという話がたくさん作られてゆくんです。   

現在のような鬼の姿については、一つは「ついな(節分の行事)」 見えない鬼を退治する正義の味方として方相氏(陰陽師が演じる)が鬼に負けてはいけないので怖い顔をしている。  お面をかぶり、目が4つあり口が裂けて角が一本生えています。  その方相氏が鬼とされてしまったのではないか、というものです。    もう一つは室町時代に起こった能楽です。  人間が鬼になる話ではほぼ例外なく女性が鬼になります。  般若の面は二本角が生えていて目が血走っていて口が裂けて恐ろしい形相をしている。  般若の面がもう一つのルーツだと思います。  

酒吞童子は鬼の代表格です。  お姫様がどんどんさらわれてゆく。  誰の仕業か占ってみると大江山にいた酒吞童子という鬼の一味の大将という事で、天皇が鬼退治を命ずる。 命じられたのが源頼光で配下の渡辺綱などを組織して酒吞童子の首をはねて鬼退治を果たす。  酒を飲ませてしびれさせて退治をしたが、「鬼に王道なきものを」と言って果てたという事です。  「鬼はお前たちのような卑怯な事はせんぞ」と言う事で、人間の方が卑怯だという事です。  南北朝時代に作られた絵巻物に出てくる話です。   地元では8月10日に亡くなった酒吞童子を今でも供養しているんです。  時の為政者にとっては鬼としての存在だったが、地元の人にとっては祭られる存在だった。  天皇、大和政権には従わない地方豪族の頭領が酒吞童子(渡来系)だったかもしれない。 

「鬼女紅葉」 人間の女性がとあることをきっかけに鬼になる、鬼女伝説の代表的に話です。   信州の戸隠山に伝わる伝説です。  紅葉は第六天魔王の血を引いた美しい女性で、妖力を持っている。   源経基の妾になり、正妻の座を狙うが戸隠山に流されてしまう。  人間を食べる鬼女になったという風に伝えられているが、平維盛に討伐される。 地元では決して鬼ではなく様々な知識を授けたと言われている。   中央の為政者から見れば鬼というレッテルを貼るべき邪魔者だったんだろうと思います。  

「安達ケ原の鬼婆」 「いわて」と言う名前の女性が京の都で高貴な貴族の乳母をしていた。   3,4歳の娘がいて「いわて」は可愛がって世話をしていた。  その姫は不治の病に侵されていて5歳になっても言葉を発することが出来なかった。  或る時占い師にどうすればこの姫の病気は治るか尋ねたところ、妊婦の腹をかっさいて胎児の生き胆を姫に食べさせたら治るという恐ろしいお告げをする。  「いわて」は信じて自分の娘とも別れて放浪の旅に出る。  福島県の安達ケ原に行き着いて、数年後に夫婦が来て臨月の妊婦だった。  妊婦を出刃包丁で殺して胎児の生き肝を抜きとろうとする。  妊婦の首にぶら下がってるお守りにハッとする。  我が娘に別れる時に与えたお守りだった。  殺めてしまった女性は我が娘だった。   正常な精神を保てなくなった「いわて」は旅人の人肉を食らう鬼婆になったと伝えられている。  最後は退治される。  観音菩薩の功徳のお陰で成仏して今では「黒塚」で丁重に祭られている。

福岡県久留米市大善寺 玉垂宮の「鬼夜(おによ)」  日本三大火祭り、①京都鞍馬の火祭り、②那智大社の火祭り、③玉垂宮の「鬼夜(おによ)」(1月7日の行事)    1600年の昔(4世紀ごろ)、桜桃沈輪(ゆすらちんりん)と言う悪党がいました。  暴れ放題地元の人を苦しめていた。  朝廷が何とかしないといけないという事で勅命を受けた玉垂命(藤大臣)が討ち取って首が焼かれた。 300年後に悪い出来事が絶えなくなった。 お寺の僧侶が占いをすると、桜桃沈輪(ゆすらちんりん)の祟りで様々な災いをもたらしているという事で、弔いをしようという事で玉垂宮に「鬼堂」というお堂を建てて桜桃沈輪(ゆすらちんりん)の悪霊を封じ込めた。  大晦日から鬼会という仏教行事を7日間やって結願の日が1月7日で、「鬼夜(おによ)」という火祭りが行われるようになった。  平和になった。  今では桜桃沈輪(ゆすらちんりん)は祭られることで地元の人たちの罪や汚れを全部一身に引き受けて払ってくれるというんです。   仏教で祭られることで神のような存在に変っている、ここが鬼の面白いところだと思います。

鬼は反人間であり、非人間、非社会的と言っていいかもしれません。  でも別の人たちから見ると鬼は神のような人々を助けてくれる存在であったのかもしれません。  退治されるが鬼は最後には祭られるんですね。    キリスト教では悪魔が祭られることはなく、これは一神教の考え方で、日本の鬼は悪魔とはそこが違うんです。  最後は祭られて人の役に立つ存在に変る、これは日本の鬼の一番個性的なところかなという気がします。    鬼女の鬼になるきっかけは愛する男の裏切りで、怒りと嫉妬で鬼になる。  般若は美しい女性が鬼になった姿を現している能面で、嫉妬、恨み、つらみは野生動物にはない感情です。  鬼は非常に人間的なんですね。  どんな人にも多かれ少なかれ鬼になる要素は持っているのかも知れません。