2012年3月10日土曜日

中川真(大阪市立大学大学院教授)  ・岩手の神楽を守れ

中川真(大阪市立大学大学院教授)     岩手の神楽を守れ  
岩手県普代(ふだい)村に伝わるうのとり神楽は海の安全、豊漁を祈って毎年1月~3月に掛けて100kmの沿岸部を回る巡業する珍しい神楽です
古くから厚い信仰を集めてきました 
しかし東日本大震災の津波により巡業する地域が壊滅的な被害を受けて存続の危機に立たされています
大阪市立大学大学院教授で音楽学者の中川真さんはそのうのとり神楽を関西に招いて上演するなど関西から復興しようとプロジェクトチームの代表を務めています

中川さんはサウンドスケープと東南アジアの伝統音楽を専攻している  
様々な音に包まれていてどういう世界に生活しているのか
ガムラン インドネシアの伝統音楽 鳥の鳴き声、犬の鳴き声を含んだ環境音楽に吃驚した  自ら奏者になってしまった(アンサンブルのリーダーになった)
大きな木琴ようなもの  カナダ、インドネシアに演奏旅行する 
盛岡大学の先生からメールが入り、岩手の神楽の存続が危ぶまれるからなんか再生するか、どうするか お手伝いできることが無いかと思っていた

3/末 約1年間 一緒にお手伝いする事になる 
鵜鳥神楽とは→普代(ふだい)村 うねとり(卯鼠鳥)神社があって、ここに鵜鳥神楽という神楽があって、これを再生するという事です
岩手の沿岸部には様々な神楽があって 山伏神楽と言われる修験道の人達が維持してきた神楽ですね 
沿岸部にはいろいろあるが2つの神楽が特別な意味を持っていて、1つがうのとり神楽 もう1つが黒森(くろもり)神楽と言いまして この二つが回り神楽と言う
別名を持っているのですけれども、沿岸部の集落をずっと回って訪ねて演じて歩くと言う非常に特別な神楽なんです
鵜烏神楽と黒森神楽は交互に北回り(岩手県久慈市まで)と南回り(釜石市まで)を一年交替に市町村を約2か月間かけて巡行しています
世界的にみても非常に珍しい  五穀豊穣  海の安全 豊漁 とかを祈って100kmを巡業する  
神楽をやる人が1名亡くなったが、衣装とか楽器等は無事だった
めぐってゆく地域の 北は久慈から南は釜石にいたるまでの殆どが壊滅状態になってしまった うねとり(卯鼠鳥)神社 には権現様が祭ってあって、権現様は漁業の神様で 権現様が沿岸部の各地域を回ってゆく  
鵜烏(うのとり)神楽が続行不可能との情報が入ってきた 
DVDを送って貰ってみると音楽も神楽も日本の文化に取って無くなってしまうのは非常に残念だと思った
神楽宿 そこに寝泊りして(かつては大きな民家 最近は公民館等)演じてゆく 
1月から3月まで例年は行うが今年は1か所のみが可能だった
全部では20~30か所(年によって違う) が通常行われていた
人が亡くなった所でやっていいのかどうか、
(出来る可能性のある地域ではあるが人が沢山亡くなっている)

気にしていたが、その地域の人が是非やってほしいとの要望があり、実施の運びとなった  
神楽の持っている意味合いを改めて感じました
(神楽を見たり聞いたりするのは昔の普通の日常を取り戻す大きな機会になるのではないか)
昨年7月の釜石の避難所から是非神楽を見たいとの要望があって、行って上演したと聞きました その時に観ていた人達は踊り、音楽は胸に詰まって涙を流した様です  
演目は40から50 ある 一旦始まると6時間ぐらいやる 
ぶっ通しで それで10演目ぐらい  1演目で30~40分ぐらい 
練習はするのかと聞いたら、練習は一切しないとの事 身体の中に入っているらしく 演じる人はばらばらで選別された人達が行う
12月大阪、神戸の方へ呼んで上演する  
こういう神楽が東北に有って それを見る事によって 東北を知って貰うことで理解、震災援助の一助になればとも思う

えびす舞い お客さんとのやり取りがある(アドリブ) 和やかな良い舞いである
山の神  真っ赤な仮面をかぶって40分ぐらい一人で踊る 船が難破した時に光が見える 
うねとり神社の方だった 実は山の神が漁船を助けようと、光をかざしたのではないかと、海も山も一体化した神々がこの神社にはおられるという   
うのとり神楽の特徴  舞いの形 足の裏側まで見せる 独特な動き (芸態)  
色んな地域を巡ってゆく神楽
大阪の御客の反応は→こんな面白いのは観た事が無いとの反応であった
新しいメンバーは各地の神楽を回って行ってスカウトする  
小学生へ教える  現在のメンバーは20代から80歳まで  10人ぐらいで構成している

伝統芸能が衰退傾向に有ったが、芸能が心の立て直しに凄く大きな力を発揮した 
大震災に遭って 一気に燃え上がった
自然災害が大きな所ほど豊かな芸能が残っている 
芸能はそもそも自然に対して祈るという側面がある
何とか災害が来ないで欲しいとか 祈りの気持ちを再確認したのではないか 民族芸能が見直されている
民族芸能は絆をもつ大きな働きを持っている
ジャワ 2006年5月27日  大きな地震(約3500人の死亡が確認) インターネットで知る 
 画像の一つに瓦礫の中にガムランの楽器がぐしゃぐしゃになっているのを観る
自分で出来る事は文化の支援だと思いすぐに動いた
 
何で音楽かと言われたが これは心の薬ですと言って 人道支援だと言って、現地の人達と一緒になって復興を手助けした  
インドネシアに行って驚いたのは すぐに現地の音楽家たち或は舞踊家たちが動いて 色んな村をめぐって ワークショップをしたりとか演奏したり慰めたりしていた
特に驚いたのは演奏家の家が全部つぶれて、楽器も無くなってしまっていたのに、テントを張ってそこで子供達を集めて、ペットボトルだとか空き缶で一緒に合唱だとかをしている  
音楽とか芸術の力は凄いものだあると思った
うのとり神楽にはこれからも大阪に来ていただいて演奏してもらいたいし 元の巡業出来るようになるまで支援したい 10年は付き合いたいと思う