山下裕二(明治学院大学教授・美術史家) ・〔私のアート交遊録〕 今年の美術界を展望して
1958年、広島県呉市生まれ。 専門の日本美術史から現代アートに至るまで、その評論活動は幅広く数多くの美術展の開催にも関わってきました。 日本美術ブームの火付け役でもある山下さんは時代やジャンルにとらわれず、既存の価値観を一度取り払い自分が良いと思った作品を世に出し応援する事にも力を注いできました。 山下さんは江戸時代中期の絵師伊藤若冲と丸山応挙の合作を発見し、去年の11月にはこれが確認され大きな反響を呼びました。 今日はいくつもの美術展に関わる山下さんに去年2024年の美術展を振り返り、今年2025年の美術界の動きについてお話を伺いました。
基本的には首都圏で開催される美術展は全部見ています。 あと小さなギャラリーもこまめに回っています。 年間1000本越していると思います。 砂の中から砂金を拾うような作業ですね。 やっぱり実物を見ないと駄目です。 30代から加速度的に見ることが増えていきました。 有望な新人を発掘することも出来ました。
国立西洋美術館でやっていたモネの展覧会ではとぐろをまいていました。 大坂の中之島美術館でも別のモネ展がありましたが、40数万人だそうです。 モネは日本のことを大好きだったようで、日本人がモネを好きなのは、ジャパニズムに対する日本人が誇らしいような刺激するところがあるんじゃないでしょうか。 モネの絵は目に優しいですね。
現代美術で素晴らしかったのが二つあります。 京都の京セラ美術館でやっていた村上隆の「もののけ京都」の展覧会と、六本木の国立新美術館での田名網敬一さんの初めての大々的な個展、この二つは展示のスケール感も本当に素晴らしかったし、内容も充実していました。 村上隆という現代美術のトップランナーの個展でしたが、或る意味日本の古美術に対するオマージュを奉げるような展覧会でした。 巨大な洛中洛外図(ベースは江戸初期の岩佐又兵衛)を下敷きにして巨大に拡大して村上のキャラクターを色々入れる。 琳派の作品が有ったりします。 村上隆は僕の師匠の辻惟雄先生を凄く尊敬しています。 辻先生は若冲ブームの火付け役です。
参照 https://asuhenokotoba.blogspot.com/2024/08/blog-post_7.html
https://asuhenokotoba.blogspot.com/2024/08/blog-post_8.html
田名網敬一さんは1960年代からデザイナーとしていろいろグラフィックの仕事をしていました。 2000年ぐらいからペインティングの作品を大量に作って海外で凄く評価されました。 去年の8月から始まりましたが、開幕2日後に亡くなってしまいました。
田中一村の展示会、近年の研究成果がいかんなく発揮されていました。 副館長の研究成果が十分に反映されていました。 動員も30万人近かった。 僕は一村が大好きです。 デパートの展示会で見ましたが震えるような感じでした。 戦後の日本画家で一番すごいと思います。
「超絶技巧を未来へ」、明治工芸における超絶技巧のDNAを受け継いだ現代工芸と、超絶技巧が駆使された明治工芸を改めて紹介する展覧会。 発掘した若い作家を紹介するいい展覧会になったと思います。
2025年の展覧会は西の方が盛り上がると思います。 万博です。 京都国立博物館、奈良国立博物館、大阪市立博物館の3つで国宝メインの展覧会があります。 中之島美術館の「日本美術の鉱脈展、未来の国宝を捜せ」については僕が企画しました。 知名度はないが、皆さんをびっくりさせるような企画です。 若冲ですら20数年前は一般の方はご存じない、眠っていた存在でした。
伊藤若冲と丸山応挙の合作をメディアの方に見ていただいたら、大変な話題となりNHKのニュースでも取り上げられました。 片方は若冲が鶏を描いて、もう一方には応挙が鯉を描いています。 中之島美術館で披露します。 東京でも展示する予定です。
西洋美術ですと、ゴッホの展覧会が2か所であります。 神戸と大阪です。 「夜のカフェテラス」、「アルルの跳ね橋」もきます。 「大覚寺展」が関東ではあります。 狩野 山楽という江戸初期の画家の襖絵が沢山展示されるらしいです。
30代までは学術雑誌に論文をたくさん出していましたが、30代半ばで赤瀬川源平さんと出会って、日本美術には素人ですが目の鋭い人でした。 アカデミズムの内部を一般の人に向けて開いてゆく仕事が自分に向いているなと思いました。 それで仕事量も凄く増えていきました。 昨年「日本美術をひらく」という本を出版しました。 日本美術応援団に南伸坊さん(イラストレーター)、井浦 新さん(俳優)、山口晃さん(現代美術家)、壇蜜さん(女優)などがいます。
明治時代に渡辺省亭という人がいますが、ほとんど一般的な知名度はなかった。 研究して新しい作品を見出して展覧会をしました。 今では一般の人も知るようになり、人気も高まってきました。 知名度の低い作家の作品を購入しています。 若い貧乏の作家にとって買ってあげることが一番の応援になると思います。 そういったものがたくさんたまっています。 埋もれた作家の見つけ方は、足を棒にして歩くということ以外はないです。 あと現物を見るという事です。 小さなギャラリーに行くと、凄いと思う作家は向こうから話し掛けて来たりしないです。 これは駄目だなあと思う作家に限って、話しかけてきます。 砂の中に砂金を捜すような作業です。 毎日1万~2万歩歩いています。 お薦めの一点は伊藤若冲と丸山応挙の合作の屏風です。 初めて伊藤若冲と丸山応挙の接点を物語る資料として出て来たし、それぞれお互いを意識して、一対の作品としても成立するように描いた作品です。