2023年7月30日日曜日

松本白鸚(歌舞伎俳優)         ・"一生修行"〜見果てぬ夢を追い続けて

松本白鸚(歌舞伎俳優)         ・"一生修行"〜見果てぬ夢を追い続けて 

松本白鸚さんは歌舞伎の名門高麗屋の8代目松本幸四郎の長男として、1942年東京に生まれました。   3歳で初舞台を踏んで以降、勧進帳の弁慶、寺子屋の松王丸など器の大きな役柄を数多く演じて、去年文化勲章を受章するなど、人気実力ともに不動の地位を築いてきました。  その一方で20代のころから西洋演劇、現代演劇にも積極的に挑戦して、26歳で初演したミュージカル、「ラ・マンチャの男」では54年間にわたって1324回のロングラン公演となり偉業を達成しました。  今年4月に行われたその最終公演では80歳を迎えた松本白鸚さんの気迫に満ちた芝居と歌に観客から惜しみない拍手が送られました。  一生修行という松本白鸚さんにお話を伺いました。

今年4月24日初演から54年1324回に渡って主演を務めた「ラマンチャの男」の終演を迎えました。  もぬけの殻というか、心から身体も声もセリフも、気が抜けたようになってしまいました。   26歳で初演をして「ラマンチャの男」の前に、「王様と私」というミューカルに出会った時が22歳でした。(1965年)  「心を繋ぐ6ペンス」、「屋根の上のヴァイオリン弾き」など数々のミュージカルに出演。  「スウィーニー・トッド」をやって、「染五郎さんはどういった発声法をやっているんですか」と聞かれて、自分でも判りませんでした。  自分はオペラでもないし歌舞伎でもないし、スウィーニー・トッドは、街の工事現場の音を音楽にした、難しいミュージカルなんです。   これがミュージカルの発声ではないかなという事が判って、それを歌劇のオペラの方に伝えました。 しばらく考えて良く判りましたと言ってくれました。 

歌舞伎は歌舞伎、ミュージカルはミュージカルなんですね。  国際ドンキ・ホーテフェスティバルがブロードウェイで開催されて、日本から参加。   電話が来た時に英語ですよと言われたが、迷いなく「行きます」と言っちゃいました。   以前父が歌舞伎のことでブロードウェイに教えに行ったんです。  勧進帳の弁慶役を習った恩返しに、「ラマンチャの男」の時に貴方に英語を教えるという事で、直ぐに芝居後の9時、10時過ぎから明け方の4時、5時まで学びました。  「もうこれ以上できません」と言ったら、「形ばかりのものをしては駄目だよ 頭を使って考えなさい」」と言われました。  今でも鏡台の前に飾ってあります。   

近松門左衛門の言葉に「虚実皮膜の論」言う言葉があります。  芝居というのは偽物だと、嘘と真実のぎりぎりのところをやっている、生き死にを繰り返している。 あの時代だからあれで通ったと思います。 今は芝居も踊りも嘘で幕が開きます。  嘘ですけれども1時間、2時間の間に一瞬でも真実があるんですね。 僕は「虚実皮膜の論」というのは今ではそういう風に生かしたいです。  あれば僕の人生かなと、3秒でも4秒、5秒でも「虚実皮膜の論」というのはそういう事だと思います。 過去も将来も今がもとになっていますから。 今をないがしろにしないでほしい。  稽古の間は今ですから。 芝居が始まると過去です。  

ブロードウェイでの「ラマンチャの男」二月半、8時開演、10時過ぎまでやって遅い夕食を食べて、帰って寝ると12時過ぎます。  ふっと目が覚めると4時で寝られなくて、あたりを見回すと夕暮れの4時なんです。   それが千秋楽まで続きました。  英語のセリフが自分を傷めつけていたんですね。   2時間15分歌って踊ってやりました。   猪熊先生から「初日のドン・キホーテの英語はみんなから光を与えられていたけど、千秋楽のドン・キホーテではみんなに貴方が光を与えていたね。」、と言ってくださいました。

菊田一夫先生から「ラマンチャの男」をやってほしいと連絡がありました。  父は自分でやりたかったようですが、ミュージカルですから、私がやることになりました。        歌舞伎もミュージカルも徹底してやらないと弾き飛ばされます。   生半可な覚悟ではできないと思いました。  「ラマンチャの男」を観に来てくださったお客様、共演者、スタッフの人たちへ感謝です。  「ラマンチャの男」は哲学的で難解でした。 勧進帳の弁慶も1150回になります。  3歳から始めて学校に稽古(鼓、三味線、長唄、踊り、仕舞など)で子供にしては厭ですよ。  役者を辞めるという事を父に言いましたが、じっと聞いていて翌日は勧進帳の末期をやっていて、自分はもう一遍芝居をやらなきゃならないという気持ちになりました。  厭な事に対してもっと自分を厭なことに突っ込んでいくと、厭なことが厭に思えなくなってきたんです。  あーこれが仕事かなと思いました。 3人の子供の子育てなどみんな家内がやっていました。  

芝居とは、最近分かったことなんですが、自分でも判らないです。   いろんな境遇があってこそ、極めるというか、だから判らないです。   いろんな芝居をやって来ましたが、結局は人間ではないでしょうか。  人間に戻ってくる。  その人がどういう考えで、そのことに、芝居に、ミュージカルに、歌舞伎にむかっているかという事だと思います。   もっと上手くりたいね。もっと上手くりたいなあ。  上手くなりたいという事は、今を大事にするという事と似ていますね。