2026年2月24日火曜日

筧利夫(俳優)               ・「俳優という仕事をふり返る」

筧利夫(俳優)               ・「俳優という仕事をふり返る」 

算さんは1962年静岡県生まれ、大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科卒業、大学時代は当時学生劇団だった「劇団新幹線」に所属し、卒業後鴻上尚史さんが主宰る「劇団第三舞台」に参加。 2011年の同劇団の解散までのほとんどの作品に出演します。1997年民放の刑事ドラマに出演して、クールな演技が話題となり、一方では、熱血感の青年を演じるなど、変幻自在の演技が人気となります。舞台では、井上秀典さん、つかこうへいさんなどの作品を始め、「ミスサイゴン」などのミュージカルにも出演しています。

NHKでは、ラジオドラマ青春アドベンチャー『 羽州ぼろ鳶組』の主人公の松永源吾役で6年ぐらいやりました。  熱海に住むようになって4年になります。    海までは歩いて10分位のところです。(山の中腹)

高校までは浜松にいました。 商業高校でバスケットボールに入ってました。   バスケットボールばっかりやっていて、進級できるような成績ではなかったですね。  役者になりたくて第一希望は日大芸術学部でしたが、こちらは国語と英語の試験があり、二次試験が実技の試験でした。  大阪芸術大学は実技と面接と小論文だけでした。  

「広島に原爆を落とす日」と言うつかこうへいさんの作品に出ました。  「新幹線」ではつかこうへいさんの芝居を中心にやっていまいた。   大学4年の時に、「さらばミスターつかこうへい」と言う3本立をやり爆発しました。 劇団を解体するという話がありました。 東京で「劇団第三舞台」と言う鴻上正治さん主催の劇団があって、そこのオーディションをやると言うことでオーディションを受けて来いと言う言われて行きました。 2000人の応募者がいました。3人二次試験に行って、最終的に僕が受かりました。

井上秀典さんから振り付け等の指導を受けました。振り付けは、井上さんからのストックだと言うことに気が付きました。  新幹線時代の振り付けをやると全部ダメだと言われてしまいました。  「劇団第三舞台」へはエースピッチャーのつもりで入りましたが、裏方になってしまいました。  ダンスを習いに行って、その動きを振り付けに当て込んでいきました。 鴻上さんのセリフは、「劇団第三舞台」の人でさんざんしごかれた人でないとできない。  そこで何年かかやったので、僕はそこでセリフの覚え方を完成しちゃいました。  芝居ってラジオドラマと同じなんですよ。想像するのはやっぱり音なんです。  1990年「飛龍伝」に出演、違和感がなかったのは、「新幹線」に出ていたからかと思います。

つかこうへいさんの芝居は、セリフは基本長いです。 セリフを足していって一向に減らないんです。(台本がない。)

ミュージカルの「ミスサイゴン」ではオーディションを受けませんかと言う話が来ました。  ミュージカルは全く初めてです。  一生懸命やったつもりでいましたが、半音符が上がっていました。  周りの顔は曇ってました。  以後1時間自分の曲をピアノでさらって、チェックしてやるようになりました。  苦労しました。

来月3月から始まるのが、井上ひさしさんの出演初作品になる、1982年初演で小沢昭一さんの「シャボン玉座」と言う小沢昭一さんの劇団のために書かれた作品です。 「国語事件殺人辞典」という40年以上前にあった作品を改めて上演します。 その主演をやることになりました。(日本語学者の役)台本は読みやすかったです。

「国語事件殺人辞典」の日本語学者の花見万太郎と言う人は、正しい日本語を自分たちの都合で勝手に変えていってはいけないと言うことを人々に伝えるために旅をする人なんです。   日本語が時代と共に変わっていくところがあって、先生の方が教えられてしまいます。  だんだん自信がなくなってきます。  最後の最後には、新しい時代の人に撲殺されるようなイメージになってます。  井上ひさしさんは台本をたくさん書いていますので、言葉に対してはかなり厳しい方だったと思います。 花見万太郎さんと言う存在は自分自身の象徴みたいな立場も入っているんじゃないかと思います。    

今年64歳になります。 仮面ライダーに変身するのをやりたいと思います。(変身もの)    体は絞っておきたいので、炭水化物はできるだけ食べないようにしています。 昔はジムに週3回ぐらい行ってましたが、今は軽い運動を毎日やってます。