2025年7月20日日曜日

佐藤克文(海洋生物学者・東京大学教授)   ・海の生き物が教えてくれること

佐藤克文(海洋生物学者・東京大学教授)   ・海の生き物が教えてくれること 

現在58歳になる佐藤さんは、海中を動きまわる動物たちに小型の記録計をつけるという新しい手法で海の動物の研究を行っています。  その研究から重さ90トンのシロナガスクジラから500gの海鳥迄餌をとる時には、ほぼ同じ速度で泳いでいることを発見しました。  他にもアザラシやマッコウクジラはどのぐらいの深さまで餌を取りに行くのかなど、知られざる海の中の生き物たちの暮らしを次々に明らかにするる研究を行っています。 

動物の泳ぐ速さを測る装置をそれぞれの動物の身体に付けて調べたので間違いないと思っています。  餌を取る瞬間はダッシュしたり、動物ごとに変わりますが、呼吸をする水面と餌のある深さを往復するときの速度は同じでした。  時速4,0km~8.0kmです。 人間が早歩きする速度です。 一番少ないエネルギーで移動できる速さだったという事が判って来ました。  その手法をバイオロギング(陸上や海中の野生動物に行動記録用の電子端末「データロガー」を装着し、その生態を観察するサイエンスの分野または技術)と言う名前を付けました。  手法は1980年代から始まりました。  

野生動物を捕まえて身体にその装置を付けて、海に放してやります。 もう一回捕まえて回収する作業が必要ですが、2回捕まえることは難しい。  しかし、南極だと警戒心がゼロなんです。  南極が一番やりやすい場所でした。  水の中に入った瞬間に電波は使えないので、記録するという手法に頼らざるを得ない。  南極のウェッデルアザラシは一日中寝ていて、時々水のなかに入りますが、判らなかった。  バイオロギングで調査したら300mの深さまで潜っていたことが判りました。

私は1998年から2000年にかけて南極で調査を行いました。   夏の間はペンギンの調査、秋から春まではアザラシに新型カメラを取り付けて調査するのがミッションでした。 プラスチックのバンドで取り付けるんですが、寒さでポキポキ折れてしまうんです。  ステンレス製のホースバンドを使うとか、いろいろ工夫をしました。  春に子連れの母親に付けました。  回収したら5m~10mぐらいしか潜っていませんでした。 (300mぐらい潜る筈だと思っていたが)  親子のアザラシに深度記録計を付けてみました。  親子のデータが一致していました。  母親に後ろ向きにカメラを取り付けたら、一緒に後から泳いでくる赤ちゃんアザラシが撮影できました。  子供に泳ぎを教えるための潜水でした。  予想外の結果でした。  お母さんアザラシは子供を産んだ最初の授乳期間はでぶでぶに太っています。  400kgぐらい。  段々痩せてきて腹が減ってきたら、300m迄潜り始めました。  前向きにカメラを取り付けて、314mのところでいわしのような魚をパクっと食べる瞬間をとらえることが出来ました。  最初は浅いところで魚を捉えるが、あっという間に喰いつくされてしまって、深く潜らないと餌がない状態になるようです。 

国立極地研究所から2004年に東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センター(岩手県)に移籍しました。  ウミガメと海鳥の研究をはじめました。  ウミガメは産卵は千葉県より南の太平洋側の砂浜に産卵します。   網にたまにウミガメが捕獲されるといことを漁師さんから聞きました。  翌年女性の助手がきて、漁師さんにウミガメが取れたら彼女のところに連絡するようにしたら、毎朝連絡が来るようになりました。  ウミガメをもらい受けて色々な調査をして、放流するときにバイオロギングの装置を付けて放流しました。  詳しい動き方、カメラに映る様子、1年間に及ぶ海洋経路を調べる研究を2005年からずっとやっています。(20年近く)   

どんな餌をどうやって食べているのかが判りました。  産卵期の雌のウミガメは餌を食べていなくて、事前に蓄積した脂肪で代謝を賄っていた。  アカウミガメは嚙む力が非常に強くて二枚貝、アワビなどを食べるのが通説として言われていた。 青年期のウミガメ(甲羅が50~60cm)に装置を取り付けて調査をしたら、ひたすらクラゲを食べていた。  大人になると甲羅が90cmぐらいになります。  

それぞれの動物がどういう経路で回遊しているかが、大分判って来ました。  思っていた以上に広範囲を泳ぎ回っています。  ピンポイントで同じ島に戻ってくることも判りました。 ウミガメ、サメ、ペンギン、アザラシ、クジラに共通な行動が見られました。  同じところでくるくると何十回も回るんです。 (餌取とは違くようだ。)   クジラは上にあがる時にらせん状にくるくる回っていた。   地磁気を精密測定したい人たちは、船、潜水艦などを使って潜水艦などはらせん状にくるくる回りながら、繰り返し測定をするという話を聞いて、それぞれの動物たちが精密な地磁気を測定している行動ではないのかと、今考えています。   犬も糞をする前にくるくる回るんですよね。   糞をしている方向を統計的に調べてみると、東西方向に偏っている。  南北方向に地磁気が走っているが、直交する方向に身体を向ける。  くるくる回って自分が行きたい方向に対して地磁気を使っているのではないかと思っています。  興味深い不思議な行動です。 

子供の頃から動物が好きでした。  小学校3年生から釣りにはまりました。  水産学科が釣りに一番深そうだと判りました。  京都大学農学部水産学科に入学しました。  卒論でウミガメに装置をセットして調査するという事が、自分で描いていた研究に近かったので、そのままこの道に入って行きました。  卒論は、四国の徳島の蒲生田岬の先端にウミガメが上がる浜があり、二頭のウミガメに取りつけましたが、一頭は5日後に網にかかってしまって、もう一頭は帰ってこなくて失敗しました。  そのまま大学院に行きました。  甲羅の4か所に穴をあけて取り付けていましたが、接着剤を利用する痛くない方法にしました。  4頭に取り付けたら4頭とも帰って来ました。  はまってしまって博士課程まで行ってウミガメで学位を取りました。  大学ではひたすら体育系のサッカーで身体を鍛えていました。  フィールドバイオロジーの分野ではこの体力はとてつもなくアドバンテージなるんだと実感しました。  帰って来るウミガメはどこに戻って来るのか判らないので、捜すために砂浜を一晩中合計10kmぐらい歩くんです。  その後南極へと向かいます。

バイオロギングを使うことによって、自分が思っていたよりもはるかに重要なことをデータが教えてくれるという事が良くあります。   意外な発見をするたびに、動物に教えられているような気がしてきます。   いま海洋プラスチックごみは大問題になっています。  カメは海洋プラスチックごみを食べても死んではいません。  日本全国の海岸に死んだカメが打ち上げられてその死因を調べる人たちがいますが、腸にプラスチックごみが詰まって死んでいる事例はほとんどないと言っています。  アカウミガメはプラスチックごみを見分けて食べませんが、アカウミガメは減少してきています。  アカウミガメに対してはプラスチックごみ以外の別の脅威があるという事です。  これは調べなければいけないことだと思っています。  プラスチックごみを食べてしまうアオウミガメは数を増やしています。  動物にとって何が良くて、何が良くないのかは、我々は判っていない。 

画像データは専門的知識が無くても面白いんです。  これを一般の方たちに観てもらうためのデータベースを作って、一般に公開するという事をやっていますが、まだ足りない。  水族館、博物館などにバイオロギングの成果を観てもらいたいので、データを展示するようなことを一生懸命やろうと思っています。