2024年2月24日土曜日

吉野隆子(オーガニックファーマーズ名古屋)・〔わたしの人生手帖〕

 吉野隆子(オーガニックファーマーズ名古屋)・〔わたしの人生手帖〕

名古屋市の中心で20年間毎週土曜日の朝、全国でも最大規模の有機農産物の朝市が開かれています。 農家の高齢化に伴って後継者の問題が深刻な課題になっていますけれども、期待が寄せられているのが農業と縁のなかった人たちが新しく農業を始める新規の農家です。 この朝市はそうした人たちが農業を始めるまでをサポートし、有機の野菜を売る場を確保するとともに消費者と生産者との交流の場となっています。 朝市を運営する(オーガニックファーマーズ名古屋代表の吉野隆子さんです。 吉野さんは大学卒業後大手商社に勤務、夫の転勤に伴って名古屋で2004年オーガニックファーマーズ名古屋を立ち上げ実績を上げてきました。  去年には全国農業推進協議会副理事長に就任しています。  今日は新しくく農業を始める人たちを応援し続ける吉野隆子さんのこれまでの人生を伺います。

朝市では今はほうれん草,なばな、キャベツ、大根、ニンジンなどいろんな色どりの野菜が揃います。 焼き芋、焼き菓子もあります。 オーガニックの物ばかりです。 運営側が受け取っている手数料が安くて、机一つに並べる形で4000円でやっています。 3年目までは2000円でやっています。 朝8時30分から11時30分までです。 当日の運営をボランティアが手伝ってくれています。(子供と大学生)   ずっと独りでやって来ましたが、去年一人アルバイトでやってもらっています。 3時間の間の300人から500人ぐらいのお客さんが来ます。 出店は農家ではなかった人が多いです。(企業を退社とか)  

高校生の時に貧血が酷くて頻繁に立ち眩みがあって、起立性低血圧と言われて、「治らないので一生付き合いなさい。」と言うことを言われました。  でも出会ったのが、玄米食事療法でした。(玄米と野菜を中心にした食事療法) 有機野菜を食べなさいと言う指導を受けてはじめました。 弁当も玄米でこそこそ食べていました。  1年ですっかり良くなりました。 子供の本に興味があって子供の本の仕事をしたいと思っていましたが、出版社は全く募集はしていなくて、商社に行きました。(事務職)  結婚を機に会社を辞めることになりました。 夫の転勤で名古屋に来ました。 新聞で野菜の宅配があるという事を知りました。 会員になって1年後にスタッフにならないかという事を言われ、行くことになり畑などに行くようになりました。 有機農業の面白さを自覚するようになり、はまってしまいました。 夫が東京に転勤になり、東京農業大学に学士入学しました。(3年生に編入) 2年間フルに授業を受けました。 

同じゼミの人が有機農業の団体の事務局をしていて、手伝ってほしいと言われて手伝っていました。 その人が就職して山形の方に行ってしまうという事で、泣きつかれてやることになりました。 その幹事会に出ると知らない事ばかりでした。  有機農業をやりたい人が一杯いるが、辞めて行ってしまう。 辞める理由は販路がないからという事でした。(40代初め頃)  

スタートが2004年で20周年を迎えます。 朝市をやろうと言い出したのは市役所の方で、立ち上げから手伝う事になりました。  出店したいというとその家の田んぼ、畑を確認に行っています。 農家の人に一緒にいてもらうので、判らないことがあるとその人に聞いてもらう、相談してもらう機会として、畑に行く作業があり、これを大事に思っています。 一番の問題点は安売り合戦になってしまうという事です。 注意をして辞めなければ出店をご遠慮させてもらいます。(今までに3人ぐらいいます。)  お客さんと出店農家、出店農家同士の会話が凄く多いです。  誰がどんなものを持ってくるか、ホームページを見ていただくと直ぐわかります。 

朝市村が県の研修機関になっていて、そのうちの何軒かは受け入れ機関になっています。  新規就農したいという相談が来るようになって、サポートできる体制を作って行くことが大事だと思いました。(2009年) 「笑顔の種まき」というキャッチフレーズがあります。 岐阜県の白川町で相談に来た人が8人いて、農業に加えて林業とか観光とか相まって地域の活性化にもつながってきています。  ここまで続けてこられたのは農家に対する尊敬と感謝だと思っています。  今一番やらなければいけないことは経済的な部分をきちんとして、次の人を作らなければいけないという事ですが、なかなか難しいところです。 お金は出店料だけで補助金はなしでやっています。 ボランティアの人への交通費の支払いもあります。 経済的なところを何とか成り立たせたいという事が一番です。