2022年11月24日木曜日

若山満大(東京ステーションギャラリー 学芸員)・【私のアート交遊録】 鉄道と美術の不思議な関係

 若山満大(東京ステーションギャラリー 学芸員)・【私のアート交遊録】  鉄道と美術の不思議な関係

東京ステーションギャラリー で鉄道と美術の150年展が開かれています。  日本に鉄道が敷かれて今年で150年、小学校に美術という言葉がつけられたのもこの年の事です。     鉄道と美術はともに日本の近代化の流れの中で、時に翻弄されながらも共に歩んできました。 美術作品の中には鉄道をモチーフにした作品が数多く残されています。  河鍋暁斎が想像力をフルに発揮して描いた「極楽行きの列車」、田中靖望の「機関車」、鉄道錦絵を数多く描いた三代歌川広重の作品など、そこには鉄道と美術の密接な関係が描き出されています。

明治5年に鉄道が開通してから150年、いろいろな催しが行われています。  東京ステーションギャラリーでは多くのお客様に来ていただいています。  鉄道に纏わるストーリーが語られていて面白いという感想があります。   鉄道は国家事業で美術は個人の営みであり、150年を眺めた時にどんな景色がみられるだろうかという事でこの展覧会が始まりました。  鉄道はいきなり日本にやってきた。   それを知らしめるために絵師がやってきました。  

「鉄道は美術を触発し、美術は鉄道を挑発する」、という文言がありますが、 触発というのはイマジネーションの源泉になったという事で、想像力を掻き立てる起爆剤のような形で、触発するという事で、鉄道は移動する手段になって行くわけですが、一般の人だけではなくて画家もその恩恵を受けていた。  画家の見聞も広がって行って触発した。    挑発は、主に戦後美術をイメージしてつけているんですが、鉄道は自分の表現の舞台として鉄道、駅の空間を考えてゆくという事をし始めたアーティストたちがいて、私たちがイメージする鉄道像を美術家たちはことごとく裏切ってきたり、こういう見方もできるぞと、まさに挑発してきている。  

鉄道の絵がずらーっと並ぶのはつまらないと思いました。  鉄道を別の角度から見たりして、改めて考えたかった。   バリエーションの豊かさに驚かされています。  計画段階から言うと5年間になります。    作品を収集してゆく段階で、作品たちが「お前たちは何を読み解けるんだ、どんな情報を我々から読みだすんだ。」というように試されている感じがしました。   

河鍋暁斎の「極楽行きの列車」 汽車というものを観たかどうかわからないが描いた作品。 14歳で亡くなった少女がいたが、その父親が供養のために依頼して描いた作品。  「地獄極楽めぐり図」という中の一場面。  画面左には雲に乗って天女がお迎えに来ている。 霊柩車(賑やかそうな感じ)に車輪がついたような汽車が走っている。  極楽来迎図に似ている感じです。 

三代歌川広重の「横浜海岸鉄道蒸気車図」  明治7年制作と言われている。   画面右手から現れる蒸気機関車が描かれていて、向こうには海が広がっていてそこには沢山蒸気船が浮かんでいて万国旗はためいている。 文明開化を象徴するような浮世絵になっている。  

勝海舟の絵もあります。  勝海舟が天皇に鉄道のことを説明するのに描いた図と言われています。  かわいらしい絵です。  汽車を非常に奥行を持ったカーブを描くような描き方になっている。    墨で描かれていて筆の運びがこなれた感じです。

1931年の作品、岩佐保雄さんが撮った写真、「踏切を守る母子」。   昔は踏切は手動で、遮断機が下がったことを機関士に白旗を振って知らせていた。  踏切番は過酷で昼夜を問わずやって居なくてはいけなかった。  夫が踏切番をやっていると妻も子も手伝わなくてはいけなかった。   左手で着物のたもとで口を覆っていて、右手で白旗を振っている。  子供が母親に寄り添っている。  

淵上 白陽の「列車驀進」、山鹿清華は染色作家の「驀進」、田中靖望の「機関車」などものすごい勢いの列車です。  満洲を走ったの鉄道をモチーフにした作品です。  1930年代に作られた作品です。    「アジア号」という特急列車を走らせていた。  躍進する日本の象徴でもあったわけで黒光りする巨大な躯体を撮っていたわけすが、日本が領土を拡張してゆく中で虐げられた人もいたんだという事を覆い隠してしまうような怖さがあります。   

山手線事件、日本の前衛美術を語るうえでは欠かせないパフォーマンスを撮った写真がありますが、それが展示されています。  山手線に突然白塗りの顔で乗り込んでいって、自分たちの通ったオブジェを吊革に吊るして懐中電灯で照らして眺めるという意味不明なパフォーマンスをする。  乗客たちはぎょっとした顔で見ている。 そういったものが写真作品として残っている。  整然とした都市になって行く中で、人間が持っている複雑さ、社会が持っているべき複雑性が失われていませんかというようなことを前衛美術家たちは奇抜なパフォーマンスを通じて問いかけていきました。

佐藤照雄さんの「地下道の眠り」 横になって眠る人たちが延々と描かれている作品。  上野駅の地下道に眠っている人たちを描いている。  我々は鉄道史として考えました。 自分たちが知らなかった鉄道の表情に思いを巡らしてほしいと思いました。  リニアを扱った美術作品はないのでありませんが、鉄道200周年にはそういった作品も並ぶのではないかと思います。  私は大正期から昭和戦前期の日本の写真の事とかが関心対象になっています。   私のお勧めの一点は富山治夫さんの「過密」という写真作品です。   路面電車を待っている人たちがホームに寿司詰めに立っている、その横を女性がぴょんと飛び出していてそこの群れには居たくないというような構図になっている。  1964年に発表された作品ですが、通勤地獄と言われていた時代で、その世相を写真一枚で見事に切り取った作品です。