2026年11月2日月曜日

柴田昌平(映画監督)            ・「農」と市民をつなぎたい

柴田昌平(映画監督)            ・「農」と市民をつなぎたい

 柴田さんは1963年東京都の生まれ30年以上にわたって、自然と人間との関わりや市井の人々の営みを深く見つめるドキュメンタリーを制作してきました。 劇場映画では「ひめゆり」「千年の一滴 だし しょうゆ」テレビ番組では、NHKスペシャル新シルクロード・第5集・天山南路・ラピスラズリの輝き」「和食 千年の味のミステリー」など多くの作品があり、国内外の主要な賞を受賞しています。 最新作「百姓、わらう」が全国公開中の柴田さんに伺いました。

日本の農家の平均年齢は68歳。そのうち未来を担う世代、私たち49歳以下はわずか1割、日本の人口の0.1%。

映画は9月26日から東京中野の映画館で上映が始まっています。 初回は満席でした。 農業に対してみんなが関心があるんだなぁと言うことを感じました。    この映画を作ろうと思った理由は、僕は農村に興味がありました。 学生時代に山梨県の標高900m位の村に調査に連れて行ってもらいました。 そこで農村の重層的な暮らしに触れて心を惹きつけられました。 大学を卒業してNHKに就職しました。 そういった記録やりたいと思いましたが、早く退職して地道に記録を続けてきました。

日本の農業と言うのはどうなっているんだろうと言う広がりの中で農業を見たいと言う思いになりました。 そう風に思うようになったのが8年前です。 現在63歳。いろんなタイプの農家を歩いて回りました。 今回の「百姓、わらう」は8年間撮ってきた集大成と言ったところです。 2022年には「百姓の百の声」と言う映画を作りました。 百姓の知恵の豊かさと言うものをしっかりと描いた映画でした。    この映画は、農業界のレジェンド級の名人たちの技というか生きざまを含めて撮っていきましたが、今回の「百姓、わらう」49は歳以下のこれからの未来を作っていくと言う世代にスポットを当てて撮ってたものです。 

撮影していく中で出会う49歳以下の人は口ぐちに100年先のこの土を豊かにしていきたい。あるいは100年先のこの村を笑顔にできるようにしたいと言うようなことを日常会話に出てきていました。 私はそれに驚きました。 1番驚いたのは、広島県の耕作放棄地になってしまって森の成ってしまっていたものを、もう一回田んぼに戻しながら、それこそ100年前の知恵をもう一度蘇らせながら、自分の体に受け継ぎながらやりたいと言う若者がいました。  暮らしが充実している姿を見て、心を打たれるとともに、力強さと自信を持っている姿に打ちのめされる位の魅力を感じました。  

また別に広島県の方で土の中と言うのは実は微生物がいながら錯誤を作っている。最近では土の持っている豊かさよりも外からいろんなものを投入することによって、次から次へと工業的に生産すると言う農業が始まっていきました。 もっと最先端ではもう一度土の豊かさを再評価しよう、それも科学の力を使ってどんな微生物がいてどんな種類がいて、どう影響し合いながら、命を育んでいるか、結果としてどういう風に作物になっていくかと言うことをしっかりと研究しながら、先人たちの知恵と最新の科学使いながら、栄養分豊かで、異常気象の中では安定して取れるような作物の作り方を開発しようと言うそん若者もいます。 世界中で土が注目されてきています。

大規模化して行ったところから、もう一度小さな農様に立ち戻っていくと言う酪農家もいます。 何故かと言うと大規模化して効率的に作れて安く生産できると言う事は日本では一貫してお勧めできましたが、実は全く豊かになってはいません。

大規模化することによって借金ができ、日本の大規模化は借金とともに進んできている側面があります。 大規模化していくと、肥料も外部から購入しなければいけなくて、農薬もたくさん使わなくてはいけないと言う外部からのものに頼っていく弱い農業になってきていると言えると思います。 外に依存しないで足元にある豊かさを大事にしていこうと言う考えが募ってきています。 今から5年経つと70代80代の人がごそっといなくなります。 自分の米を作りたいと言う若者たちが全国にたくさんいます。  そういった人たちが入ってくるのではないかとその人は信じています。 そういったことになっていくためには、もうちょっと社会全体が変わってからなければいかないかなと思います。 農業に対するリスペクトがよみがえって来るという事が大前提かなと思います。 今の社会は農業に対して冷たいなぁと思っと思います。

本質的な人間を描くと言う気持ちを込めて、「百姓、わらう」と言うタイトルにしました。 農業に対する1番の問題は、農政に携わっている人たちが現場を知らないということだと思います。  農村と言う現場をしっかりと時間をかけて歩き、農家の声を聞いていると言う役人の方は極めて少ないと思います。 農家と役所が離れているなぁと言うことが問題かなと思います。 私はこの映画で伝えたかった事はみんな100年先笑顔でいるためにはどうしたらいいか一緒に考えようと言うことかなと思います。  何が豊かあるんだろう、何が幸せなんだろうと言うことをこの映画を通してそれぞれが自分に問いかけ周りと会話し、そういう連鎖の中で農家を巡る空気感というか、ポジティブなものに変わっていったらばいいなぁと思ってます。 

農家の人に本気で相手にしてもらえるまでにはすごい時間がかかります。    稲を育てていく工夫ポイントは全員違うので、そこに興味を持って、その技術を含めた人生と言うものに対して質問できないと相手にしてもらえだと言うことがわかりました。 2年間ぐらいは空振りでした。 

姫田忠義さんと言う民族的な記録映画をとってきた人がいます。「イヨマンテ」と言うアイヌの熊送りの映画を見たときに、熊の命をいただいて食べると言うことに衝撃を受けました。  NHKに就職したときに沖縄に行きました。 当時、沖縄問題が中心でした。 基地問題、正義感みたいなもので伝える事でしたが、沖縄の人には違和感がありました。 沖縄は沖縄の豊かさがあるし、沖縄の人たちの暮らしの充実したものがたくさんあるわけですが、そこには全然カメラの向きませんでした。  本質的な沖縄に向き合っていないと言うことがありました。 そこで「ひめゆり」と言うドキュメンタリー映画を作りました。 

沖縄と農村は似ているように思います。  農業についても農業問題をやるんです。 本来農業が持っている豊かさ、可能性と言うものはなかなかドキュメンタリーと言う形では伝えられていなかった。 正義感ぶったドキュメンタリーを作ろうと言う事はやめました。 農家として本当に共感できる、しかも消費者も理解できると言うそういうドキュメンタリーを作りたいと思いました。