2026年7月25日土曜日

山崎エマ(ドキュメンタリー監督)      ・「当たり前の中にある価値を見直したい」後編

 山崎エマ(ドキュメンタリー監督)・「当たり前の中にある価値を見直したい」後編

絵本「おさるのジョージ」の原作者を取材したドキュメンタリー作品 「モンキービジネスおさるのジョージの著者の大冒険」と言うドキュメンタリー映画です。 ジョージはアメリカで大人気です。  私を卒業した後は、編集者として助手として仕事をしていますが、でも監督をやりたいと言う思いが出てきました。    原作者のレイ夫妻原作者既に亡くなっていますけれども、いろいろ調べて3年位かかって制作しました。2000万円かかりましたが、クラウドファンっディングで一般の方からもお金を集めて製作、公開できました。 それが1個目の作品です。(2017年)  今年はおさるのジョージの85周年です。 レイ夫妻は戦争を逃れた大変な経験をされていますが、冒険のように語るというか、その精神が「おさるのジョージ」のいろいろな冒険のつながっている。

自分の場合はドキュメンタリーの道を行くと言うのは明確になりました。    編集助手としていろんな作品関りました。 自分では普通の振舞いをしていたと思いますが、周りのアメリカ人から凄く褒められました。  日本人であれば当然のことと思いました。 それが小学校の映画を作る事に繋がる流れになります。   自分が受けた小学校教育の6年間の価値観、頑張っことなどは小学校にあったのではないかと思いました。 また親から受けた分も大きかったと思います。 

子供の頃から何か貢献したいと言うか、よりよい社会に貢献することこそが、自分自身の人生幸せになるみたいな考え方が起きました。 少しでも共感とか、感情が動くもの、人間が人間らしく捉えるものみたいなことを今でも主心としています。

海外に住むと比べることが気付ける、何とも思っていなかった日本の良さが増えてきて、特別なんだと思ったりしました。 日本のことを中からと外から見れるようになった自分が何かできることがあるのではないかと思いました。 ずれている日本のことが気になったりもして、自分から日本に戻って世界に伝えたいことがあると思って東京に拠点を持ちました。

夏の甲子園を元にしたドキュメンタリー映画 『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』 その年は、夏の甲子園は99回大会でした。 日本の野球を100回大会と言う機会を使って撮影することにしました。 2018年の100回大会記念大会を撮影しました。 海外に向けても長編作品はなかなかありません。 海外ではまだあまり知られていない日本独特の高校野球の文化を世界に伝えたいという思いから始まった。 最初4校からら2校にしぼってって、球児や、指導者の皆さんを追って、甲子園の大会自体を含めて、高校野球も春からの1年を捉えました。アメリカの人に見てもらいたいとすっとり思いがありました。 メジャーリーガーとの絡み、師弟関係、親子関係、監督の世代間の違いでの時代の変換期についても意識して撮りました。 アメリカから帰ってきた私にとっては、高校野球はとても日本的に見えました。

佐々木監督はいろんな植物を育ててきて、人の成長と盆栽と成長をかけて考えている方です。 映画の中では、盆栽をきれいな形にするには、針金をまかないとなかなか美しくならないけれども、どっかのタイミングで針金を外さないと盆栽が苦しくなって美しい姿に行くことができない。 これを育ててきた子供たちにかけて針金をかけると言う事は、昭和の時代から含めてやってきますが、外すタイミングとか、外し方この両方が大事だと言うふうに言ってます。 どっかで外してあげないと苦しむ。  当時子供たちの自主性、実践に任せるとか、ちょっと流行っていた時代がある中で、針金をかけることが大事だと言う。 そういうバランスに共感しました。

ある程度導いたりとか、強制することで築いたことが自主性になっていく。   その段階が大事だと言っています。 映画の中では、盆栽に例えて映像的にも美しいシーンが撮れたのは自分の中でも特別なシーンだと思っています。 甲子園だけ見ているだけではわからない、高校野球の心みたいなものを人のつながりとか、教育の一環としていろいろな関係性がある。 極端な話、野球に興味をなくても面白いと思っている映画を目指して作りました。 

日本のことに関して、海外に住んだことによって生まれた視点を生かし、皆さんに気づきの提供をしたいと思って、そのきっかけを自分の作ったドキュメンタリーで提供したいと思ってます。 人間同士として一緒の社会で生きていく中で、少しでもプラスの貢献をするドキュメンタリーを作ると言う、それがやりたいことやってきたことだと思ってます。 ドキュメンタリーは人が人を撮るので、1AIができないんではないかと思っています。 結果として自分が経験したことを良かったので終わらせるのではなく伝えるプロとして、なるべく多くの人に伝える。 それをミッションとして作品となる。これが今自分がたどり着いた、ドキュメンタリーの捉え方?です

ドキュメンタリーの醍醐味は自分の人生ではない人生、人であったり、文化であったりいろいろあると思いますが、それを追体験できると言うことだと思います。 映像と音で捉えられるストーリーみたいなものを体験してほしいと思います。  そもそも、小学校を撮ったのは、私自身の小学校経験が自分を作ってくれたと思っているからこそ、撮りたいと言う趣旨があって、人間形成の部分、そこに焦点を当てて取り続ける。 ドキュメンタリーは客観的な記録ではないというか、たくさんの量を撮ってからストーリーを構成しているし、削ぎ落としてストーリーを構築しています。私の視点というものが入っているのは、ドキュメンタリーだと思っています。山崎エマと言う人が見た日本社会はこうだったねと言うみたいなところまで行けば、自分が目指しているところだと思います。

「小学校それは小さ社会」と言う作品が評価されるまですごく時間がかかりましたが、そもそも撮れるまで5年かかって、沢山の方々に協力していただいて、10年かかって公開まで行くことができました。 大変な苦労して作ったドキュメンタリーがなかなか評価されずにいたことに対しては色々と落ち込みました。 ドキュメンタリーはもう作るのはやめようかと思った事もありました。 世界の最高峰の所まで行ったと言う事は、自分を信じろと言うことを今回経験しました。 次回はより自分を信じる力と言うのも、そして評価と言うものがないとやっていけない世界でもあるので、違う物差しとして5年後10年後50年後100年後に評価されてもいいやと言うことを含めて思えるようになったと思います。

世に出て教育に対する議論が活発になったりとか、肩身の狭い先生が少しでも自信になったり勇気づけられたり、今後の教育の制度にも多少影響が与えられたような印象もありますが、そういうことを経験すると自分がやってきた事はとても意味があるものだと思います。 またより良いものを作ろうと言う気にはなります。

今興味のあるのは大人たちです。 新入社員と組織を仕切っている60代の人たちとは価値観が違うと思います。 わかりあえないところが出てきているかとは思いつつ、でも日本はまだまだ組織力とか力を合わせて何かを成し遂げると言うどこから向き合わないと、日本は世界では勝てないところもあると思います。 組織の中で何かに挑戦しながら時代の先を行こうとしている皆さんを撮りたいと思います。 今リサーチ中です。